薔薇の証明 #3

 翌朝、叶は日課のロードワークを終えてすぐに『喫茶 カメリア』に入った。開店して間もないからか、客の数はまばらだ。

 相変わらず全身ピンクコーデの椿桃子つばきももこが、両手で持ったぼんを器用に回しながら出迎えた。

「いらっしゃ〜いともち〜ん、おっはよ〜!」

「おはよう桃ちゃん」

 桃子の全力の営業スマイルに愛想笑いで応えると、叶は指定席と化している奥のカウンター席に陣取った。すかさず桃子が水の入ったグラスを差し出して訊く。

「はいどぉぞ〜。ご注文はサンドイッチ盛り合わせでよろしいかしら〜?」

「いや、カレーライス」

 叶の返答に、桃子の顔から営業スマイルが消えた。

「あらやだ、いつの間に依頼受けちゃってるのともちん? 今回の依頼人はどんな人ぉ? また綺麗なお姉さんだったりしてぇ〜」

 意地悪そうに言う桃子に、叶は水をひと口飲んでから答える。

「いや、女子中学生」

「ウッソー! それはマズいわよともちん!」

 頓狂とんきょうな声を上げて、桃子は叶の肩口を平手打ちした。

「痛っ、何がマズいの?」

 顔をしかめながら叶が訊き返すと、桃子は両目を糸の様に細めて答えた。

「ともちん三十過ぎてるんでしょ? 中学生に手ぇ出したらそれあなた犯罪よ、ハ・ン・ザ・イ」

「何言ってんの桃ちゃん、オレがそんな子供相手にする訳無いじゃんか」

 苦笑しつつ否定する叶に、桃子が更に言う。

「ともちんにその気が無くても、その中学生がともちんの事好きになっちゃうかも知れないでしょ〜? 判んないわよ最近の中学生はマセてるどころじゃないって言うから〜」

「ま、まさか、ねぇ」

 困った叶は咄嗟にカウンターの奥で調理にいそしんでいる大悟だいごの方を見るが、生憎大悟はこちらに全く注意を払っていなかった。

「ともちんはそこそこ格好良いんだから、気をつけなさいよ〜」

 目を細めたまま、桃子は盆を脇に抱えてカウンターの中へ入った。

「参ったねどうも」

 叶はかぶりを振ると、ジャージパンツのポケットからスマートフォンを取り出し、昨日の内に桜からもらった彼女の父親、中野将人なかのまさとの顔写真を呼び出した。桜から聞いた情報によれば、生きていれば現在四十四歳、失踪当時は城西じょうさい署の生活安全課に所属していたらしい。

 ただでさえ警察はガードが固いのに、縁もゆかりも無い所轄しょかつの内勤だったとなると益々調査がし辛い。迂闊うかつに本庁捜査一課の石橋大介いしばしだいすけ松木直道まつきなおみちに聞き込みをかけて逆に痛くもない腹を探られるのも面倒だ。

 思案している叶の目の前に、大悟がカレーライスを置いた。

「お待たせしました」

「お、サンキュー」

 叶が顔を上げて礼を述べると、大悟はスプーンを差し出しながら何故かいたわりの言葉をかけて来た。

「大変ですね、叶さん」

「何が?」

 怪訝けげんそうな顔で訊く叶に、大悟はフロアでテーブルを拭いている桃子をこっそり指差して答えた。

「いやさっきママがね、また今回もタダ働き決定よって言ってたもんで」

 叶は横目で桃子を見て、「そりゃどうも」とつぶやいた。


 食事を終えて『喫茶 カメリア』を出た叶は、事務所に戻ってジャージからスーツに着替え、バンデン・プラを駆って再び寺院へ向かった。職場に聞き込みをかけられない以上、姿を現したと思われる現場の周辺を調べるしか無かった。

 寺院に到着した叶は、住職に中野を目撃しなかったか尋ねたが、返事はかんばしいものではなかった。念の為に桜の母親の墓の周辺を観察したが、ただでさえ通路は敷石と芝が敷き詰められていて足跡が残る要素に乏しく、更に昨日は一日中雨が降っていたので余計に痕跡が残っている可能性は低くなる。叶は墓の周囲を再確認してから寺院を後にした。


 次に叶は、寺院の付近の花屋へ話を聞きに行った。花に関する知識が高校生程度の叶にも、薔薇という花がその辺で気軽に採取さいしゅできる代物しろものでない事くらい判る。墓前に置かれた白い薔薇のくきからとげが綺麗に取り除かれていた事からも、何処かで購入した薔薇であるのは明白だ。

 果たして、叶は最初に訪れた花屋の女性店員から色よい情報を得られた。白い薔薇とカモミールという取り合わせが妙で、印象に残ったそうだ。その店員は中野の顔写真を見て言った。

「確かに似てます。と言うか、もう少し白髪が多くて、もっと頬がこけて、そう、何かやつれた感じでした」

 六年も経過けいかすれば多少は面構つらがまえも変わるものだが、やつれた感じ、という証言に叶は違和感を覚えた。

「そう。どうもありがとう」

 礼を言って店を出ようとした叶を、店員が呼び止めた。

「あの、そう言えば」

「何?」

 叶が振り返ると、店員は自身無さそうな顔で言った。

「ハッキリ聞いた訳じゃないんですけど、その人、外に連れの方を待たせていたんですけど、その連れの人の方が、中国語っぽい言葉をしゃべった様な」

「中国語? それ、こっちの人は?」

 改めて中野の写真を出して訊く叶に、店員は眉間に皺を寄せて答えた。

「あ、ええ、この人も何か言ってました。よく聞き取れなかったんですけど、日本語ではなかったと思います」

 叶は二、三度頷くと再び店員に礼を言って店を出た。

 バンデン・プラの運転席に収まった叶は、ハンドルにあごを乗せて独りごちた。

「中国語、か」

 そのまま数分考え込んだ後、叶はエンジンをかけた。


《続く》


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