薔薇の証明 #2

 叶はふたりをバンデン・プラに乗せて寺院を後にした。道すがら聞いた自己紹介によれば、少女は五十嵐いがらし桜、祖母は寛子ひろこと言う。桜は中学二年生で、美術部に入っているらしい。

 十分程走って、叶は大通り沿いのファミリーレストランに車を入れた。当初はふたりを『叶探偵事務所』に連れて行って話を聞くつもりだったが、ふたりの住居の方が先程の寺院に近く、事務所へ行くと帰宅するのに手間がかかるので避けた。

 店に入った時点で午後五時を過ぎていた為か、店内はそこそこ客が入っていた。ウェイトレスの先導で四人掛けのテーブルに着くなり、桜が小走りに何処かへ向かった。叶が怪訝けげんそうに見送る先で、桜はセルフサービスの水を三人分んでいた。

「良い子ですね」

 叶が桜を指差しながら寛子に言うと、振り向いて確認した寛子が笑顔で答える。

「あ、ええ。口数は少なくて大人しい子ですけど、本当に良く気がつくんですよ」

 やがて、両手で包み込む様にして三つのグラスを持って来た桜に、叶と寛子は微笑して礼をべた。

「どうもありがとう」

「ありがとう桜ちゃん」

 桜は叶に向かって小さく頭を下げて、寛子の隣に腰を下ろした。

 ふたりがメニューを開いている間、叶は桜がテーブルの端に置いた二輪の花の内、花弁が白くて中央の黄色い部分がやや盛り上がった花を取り上げて画像検索をかけた。

『カモミール』、それがこの花の名前だった。桜はこのカモミールと白い薔薇を墓前に置いたのが自分の父親だと断言したが、根拠は何なのだろうか?

 ぼんやり考えていた叶の視界を、メニューの表紙がふさいだ。驚く叶に、桜が訊いた。

「探偵さんは?」

「あ、あぁ」

 慌ててメニューを受け取った叶は、適当にページをめくってからテーブルすみの呼び出しボタンを押した。


 先に食事を終えた叶は、桜がシチューハンバーグを平らげるのを待って、二輪の花を指差しながら話を切り出した。

「じゃあまず、どうして桜ちゃんはこの花をお墓の前に置いたのがパパだと思うの?」

 桜は傍らの紙ナプキンで口のはしを拭ってから口を開いた。

「白い薔薇は、ママが好きなお花なの」

「そう、じゃあこっちの、カモミールって言うのかな? こっちは?」

 叶がカモミールを持ち上げて更に訊くと、桜は目の前にかかげられた白い花を見つめて言った。

「ごめんなさい」

「え?」

 突然の謝罪しゃざいの意味を測りかねた叶に、桜が補足した。

「花言葉。カモミールの花言葉は『ごめんなさい』だって、ママが言ってた。他の言葉もあるけど」

「あ、花言葉、そう」

 笑顔で応じた叶が視線を寛子に移すと、察した寛子が説明した。

「娘、この子の母親は生前フラワーデザイナーをやっていたんです。結婚してからしばらくは辞めていたんですが」

 言葉を切った寛子に不審なものを感じた叶が何か言おうとした所へ、食後にと頼んだコーヒーが運ばれて来た。同時に桜と寛子が頼んだアイスティーも届く。すると桜が立ち上がり、寛子に「トイレ行って来る」と告げてその場を離れた。

 桜が遠ざかってから、寛子が改めて話し始めた。

「もうお察しでしょうが、桜ちゃんの両親は六年前に離婚りこんしたんです。それから娘は桜ちゃんを育てる為に仕事を再開しました。でも無理がたたって、去年肺炎で亡くなりました」

 叶は沈痛な面持ちで二、三度頷いてから、更に訊いた。

「それで、桜ちゃんの父親の所在は判らないんですか?」

「それが、あの人は六年前に離婚届を残して行方不明になってしまったんです。娘によれば、謝罪の言葉が書かれた置き手紙も一緒にあったそうです」

 叶の想定から、話が徐々にれ出していた。桜の両親は、真っ当な手続きを踏んで離婚した訳では無いばかりか、手前勝手に離婚を要求した父親は行方不明と来ている。怪しい匂いをぎ取った叶が質問しかけた所に、桜が戻って来た。叶は寛子から桜に視線を移すと、努めて優しい口調で尋ねた。

「ねぇ、パパのお仕事って、何だったの?」

「お巡りさん」

 返答を聞いた叶の眉間に、深い縦皺たてじわが刻まれた。

 警察官は、組織も個人もとにかく不祥事ふしょうじを嫌う。組織からすれば威信いしんに関わるし、個人レベルでも人事に悪影響が出るからだ。離婚も上司や同僚どうりょうに対しての印象は決して良くない筈だ。それに加えて行方不明となると、単なる個人の失踪しっそうでは片付けられない。

 難しい顔で思案を巡らす叶の耳に、桜の声が飛び込んだ。

「探偵さん、パパを探してくれる?」

 叶が桜に焦点を合わせ直すと、真剣な眼差しがこちらを見返して来た。叶はコーヒーをひと口啜り、軽く咳払せきばらいしてから桜に訊いた。

「桜ちゃんは、パパに会いたい?」

 桜は叶を見据えたままゆっくり頷く。

「私、パパに訊きたいの、何でママと私を捨てて居なくなっちゃったのか。あんなに優しかったのに、あんなにママと仲良かったのに、何で」

 言い終えると、桜は唇を噛んでうつむいた。必死に涙を堪えている様に見える。隣で見守っていた寛子が、桜の肩にそっと手を添える。

 叶はコーヒーを一気に飲み干すと、桜に向かって力強く告げた。

「OK。この依頼、引き受けるよ」

「本当?」

 顔を上げた桜の頬に、ひと筋の涙が伝った。


《続く》


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