友情遊戯 #38
一週間後、担当医から漸く退院の許可が下りた。叶は安堵したものの、左肩を固定した状態は変わらないので退院してもバンデン・プラを運転できない。仕方なく熊谷に連絡を取り、運転を代行してもらう事にした。突然入院を知らされた熊谷は異常に驚いていたが、叶の申し出を
翌日、朝食を摂った叶は退院の手続きを行い、入院費も支払った。先日風間を通じて受け取った愛美からの依頼料の殆どが、叶の
「ま、こんなもんか」
溜息を吐いて病室に戻った叶を、意外な声が出迎えた。
「あ、アニキ居た!」
今日まで叶が世話になったベッドの傍らに、熊谷と一緒に高校の制服姿の玲奈が立っていた。
「オマエ、何で居るんだ?」
驚いて訊く叶に、玲奈が口を
「い~じゃ~ん、心配だったんだから」
「そうじゃなくて、学校は?」
「終わった。今日土曜日だもん」
勝ち誇った様な玲奈の返答で、叶は曜日感覚を修正した。側の熊谷が笑顔で言う。
「いやな、昨日お前から連絡あった後にジムでこの子に入院の事教えたら、絶対連れて行けってうるさくてさぁ~」
「あ、ちょっと会長! 言っちゃダメだって!」
慌てて注意する玲奈の頭に、叶が優しく右手を置いて言った。
「悪かったな、玲奈」
すると玲奈は一度叶を見たがすぐに
「だって、入院なんて聞いたら、誰だってビックリするじゃん……」
「何だ? オマエ泣いてんのか?」
叶が玲奈の顔を覗き込んで訊くと、途端に玲奈が頬を膨らませて拳を振るった。
「泣いてない! もうイジワル!」
玲奈の怒りの鉄拳を叶が笑顔でかわしていると、例の中年看護師がまた入って来た。
「病室ではお静かに願います!」
不意を突かれた叶は背筋を伸ばして「すみません」と頭を下げ、玲奈はパンチを止めて叶に縋りつき、鼻水を啜りながら呟いた。
「無事で良かった……アニキ」
「……ありがとな、玲奈」
オフィス街に程近い公園の中、木製のベンチに腰掛けて赤みを帯びた陽光を反射する
「叶君、大丈夫?」
歩み寄った愛美は、左腕を三角巾で吊っている叶を見て心配そうに訊いた。
「ああ、問題ねぇよ」
叶は微笑して答え、右手で左上腕を軽く叩いた。
「そう……」
頷いた愛美は、叶の左隣に座ってひと息吐いた。
「仕事、大変なのか?」
叶の問いに、愛美はかぶりを振った。
「ううん、ただ、ちょっと上手く行ってなくて」
「……そうか」
それきり、ふたりの間を暫し沈黙が支配した。愛美は俯き気味であまり動かず、片や叶は切り出す言葉を探して頻りに目を泳がせている。
妙な緊張感を嫌った叶が、とにかく何か言おうと口を開きかけた時、愛美が叶に顔を向けて謝った。
「ごめんね」
「え? 何が?」
叶が困惑顔で訊き返すと、愛美は叶の視線をかわす様に俯いて答えた。
「幸雄の事。私が頼んだ所為で迷惑かけちゃって」
「そんな、迷惑だなんて――」
否定しようとする叶を遮って、愛美は言葉を続けた。
「いいの。叶君なら探してくれるって、甘えてたのは事実だし、後からお金を払ったのもアリバイ作りみたいなものだから」
「愛美……いや、謝るのはオレの方だ」
叶が険しい表情で言うと、愛美が不思議そうに見返した。
「どうして?」
「そりゃ、あの時は『オレに任せろ』なんて偉そうな事言ったけど、結局はオマエの望まない結果になっちまった。オレがもっとしっかりしてりゃ、幸雄をサツに持って行かれずに済んだ筈だ……オレは、アイツに自分から出頭して欲しかったのに……」
うな垂れて頭を振る叶に、愛美が
「叶君は悪くない。幸雄が罪を犯したんなら、それはやっぱりきちんと償うべきだし、叶君が幸雄を見つけてくれなければ、もっと悪い結果になってたかも知れない」
「それは、そうだけど……」
戸惑う叶に、愛美は更に言う。
「実はね、一昨日警察から連絡があったの。捜査一課の石橋刑事から」
「何? 用件は何だった?」
叶が驚きを隠さずに問うと、愛美はひとつ頷いてから続けた。
「石橋さん、幸雄の取り調べをしてるそうなんだけど、そこで幸雄から伝言を頼まれたからって、わざわざ電話をくれたの」
「伝言……」
呟いた叶が目で先を促し、愛美が応じて続ける。
「心配かけて悪かった、って」
「そうか……」
相槌を打った叶が、時間を見ようと左手首に目を落として、今は右手首に腕時計を嵌めているのを思い出して慌てて右手を上げた。文字盤の上の針は、午後十八時を指している。
「なぁ愛美、メシでも行くか?」
叶の提案に、愛美は無言でかぶりを振った。
「まだちょっと仕事残ってるから。そろそろ戻らないと」
「あぁ、そう」
応じた叶がベンチから立ち上がると、遅れて愛美も腰を上げた。
「じゃあ、またな。何かあったら連絡しろよ」
叶が言うと、愛美は微笑して頷いた。つられて笑顔になった叶が踵を返して歩き出すと、その背中に愛美の声がかかった。
「元気でね、ともちん!」
叶の身体が、
〈『友情遊戯』了〉
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