友情遊戯 #37

 叶がまぶたを開くと、白い天井てんじょうが視界を占領せんりょうした。

「……ここは?」

 反射的に呟き、叶は顔をしかめて首を左右に動かした。

 左側は薄い緑色のカーテンが引かれていた。その向こう側には、微かに人の気配がする。右側を向くと、窓から差す陽光が目を射た。思わず目を背けた時に、男の声が追いかけて来た。

「お、気がついたな」

 瞼を何度か動かしてから、改めて右側に顔を向けた叶の目に、微笑を浮かべる西条の顔が見えた。

「何だオマエかよ」

 心底ガッカリした表情で言った叶が身体を起こそうとするが、左腕に力を入れようとした途端に左肩に痛みが走った。思わず肩を抑えて呻く叶に、西条が手を貸しながら返す。

「おい、無理すんなって。それにしてもご挨拶だな、女とのデートすっぽかして付き添ってやったのによ」

うそつけ」

 言い返しながら漸く上半身を起こした叶が、改めて周囲を見回した。

 叶の右側、西条の陣取る椅子の傍らにサイドボードがあり、棚に液晶えきしょうテレビが据え付けられている。ボードの下段は冷蔵庫になっているらしい。正面もカーテンに遮られていて、この部屋の全容は判らなかった。

 若干の寒気さむけを覚えて自分の身なりを確認すると、上半身は左肩を中心に包帯ほうたい分厚ぶあつく巻かれていて、下半身は入院着で覆われていた。

「オイ、今何時だ?」

 叶が訊くと、西条は腕時計を見て答えた。

「えっと、二時だな」

「二時? 昼の?」

 叶は瞠目して訊き返した。呆れ顔で西条が窓の外を示しながら言う。

「見りゃ判るだろ」

 戸惑った叶は西条から目を逸らして暫く考え、テレビのリモコンを探し当てて電源を入れた。何度かチャンネルを変えて、やっと自分が『吉鷹病院』で意識を失ってから丸一日経っている事を把握はあくした。

「あぁ、そうか……そうだ、オイ、幸雄は?」

 叶はまた西条の方を向いて問いかけた。若干迷惑そうな顔で、西条が頭を掻きながら答えた。

「え~? あぁ吉鷹幸雄か、あの人ならあんたがブッ倒れた後に県警に連れてかれたよ。ったく、直撃インタビューする暇も無かったぜ」

 西条のボヤきを無視して、叶は右腕を入院着のそでに通してベッドの横に足を出した。その動きを見た西条が困惑して訊く。

「お、おいともちん、何してんの?」

「退院する」

「馬鹿言うな、あんた医者から最低一週間は安静にしてろって言われてんだぜ? 退院なんて無理に決まってんだろ!?」

「そうは行くか、オレの仕事はまだ終わってねぇ」

「おい、待て、落ち着けって」

 ベッド際で叶と西条が押し問答もんどうしていると、騒ぎを聞きつけた中年の看護師が入って来た。

「何なさってるんですか!? 病室ではお静かになさってください」

 抑えたボリュームながら強い口調で一喝いっかつされ、叶と西条は同時に「すみません」と頭を下げた。

 鼻息を荒くして去った看護師と入れ替わりに、石橋が姿を現した。

「おぉ叶君、気がついたか」

「アンタか、別に来なくてもいいのに」

 石橋の第一声に悪態で返した叶は、溜息を吐いてベッドに腰を下ろした。西条も椅子に座り直す。石橋は西条を一瞥してから、叶に向かって話し始めた。

「叶君、今回は迷惑かけたね。小泉さんの事は気をつけてたつもりだったんだが、まさかヤクザを使って君をけしかけるとは思わなかったもんでね」

「そんな言い訳はいらねぇよ。何にしたって、アンタ等にしてみりゃ幸雄を逮捕できて万々歳だろうが」

 叶は石橋から顔をそむけて更に悪態を吐いた。石橋は苦笑いして続ける。

「まぁ、犯人を捕まえられたのは幸いだったけど、仲間が問題を起こしてしまったのは残念だよ。組対の方じゃ何人か処分されるかも知れないし」

「そんなの知った事か。それより幸雄は?」

 叶の質問に、石橋は表情を曇らせて答える。

「彼は今、本部に身柄を移して取り調べをしてるけど、恐らく過失致死かしつちしって事になるだろう。本人も殺すつもりは無かったと言っていたからね」

 叶に対して喋った内容との若干の食い違いに、叶は吉鷹の保身ほしんの気持ちを感じ取った。

「アイツ……このに及んで」

「えっ? 何だって?」

 叶が思わず漏らした呟きに反応した石橋が問うが、叶は苦虫を噛み潰した様な顔で「何でもねぇよ」と吐き捨てた。石橋は数度頷いてから、上着の内ポケットに手を入れた。

「取り敢えず、今日はこれを。また改めて事情聴取に来るから、宜しく」

 石橋が取り出したのは、叶のスマートフォンだった。軽く頭を下げて受け取った叶に、石橋が告げた。

「ああそれと、吉鷹幸雄さんから伝言だ。『すまなかった』って」

「……あぁ」

 叶が曖昧に応えると、石橋は「じゃ、また」と言い残して病室を出て行った。座ったまま見送った西条が叶に尋ねた。

「なぁともちん、あんた今のデカとどういう関係?」

「別に……オマエには関係ねぇ」

 突き放す様に言うと、叶は身体をずらしてベッドの頭側に背中を預け、深い溜息を吐いた。


《続く》


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