友情遊戯 #35

「オイ、決意がかたいのは結構だが、今コイツを撃ち殺したら、その場でそこのデカにワッパかけられちまうんじゃねぇのか? あんまりサツを信用しねぇ方がいいぜ」

 叶は余裕よゆうそうな素振そぶりで武藤に問いかけながら、背中にすがりついて恐怖におののく旧友を如何いかに逃がすかを必死に考えた。武藤は拳銃を構えたまま更ににじり寄って答える。

「その点は心配すんな。そいつを撃ったのはおまえって事になるから」

「ケッ、死人に口なしってヤツか」

 ボヤきながら、吉鷹を見るふりをして後方を確認した叶の視界のはしに、掠れかかった『非常階段ひじょうかいだん』という表記ひょうきが入った。叶は一旦武藤と小泉に視線を戻してから、おもむろに上着を脱ぎ始めた。前のふたりが訝しげな顔をしたが、叶は構わずに上着の内ポケットに手を入れ、スマートフォンを掴みつつ吉鷹に小声で訊いた。

「幸雄、オマエ今スマホは?」

「え? あ、バッテリー切れてて」

 叶は一度頷くと、ポケットから抜き出したスマートフォンを後ろ手に吉鷹に差し出して告げた。

「いいか、オレが合図あいずしたらそこの非常階段から逃げろ。で、捜査一課の石橋ってデカに助けを求めろ。オレの名前出せば悪い様にはしねぇと思うぜ」

「え? おい、叶――」

「判ったな!?」

 念を押すと、叶は脱いだ上着をぶら下げて武藤を睨みつけた。

「オイ、武藤さんよ、随分自信タップリだが、本当に撃てんのか? ハッタリじゃねぇだろうな? ホラ、撃ってみろ!」

「何かゴチャゴチャ喋ってたと思ったら、今度は安い挑発ちょうはつか? なめんなよ」

 眼差しを鋭くした武藤が拳銃を握り直した刹那、叶が廊下に響き渡る声で叫んだ。

「行けぇ!」

 同時に右肘で吉鷹の身体を押し、左手に持った上着を武藤に向けて投げ上げた。

「!」

 反射的に銃爪ひきがねを引いた武藤だったが、撃ち抜いた上着の先に、叶の姿は無かった。狼狽ろうばいして目を泳がせた武藤の右手首に、突如衝撃が走った。

 投げた上着に武藤の目を引きつけた隙に飛び込み前転で一気に間合いを詰めた叶が、フリッカー・ジャブの要領で左拳を武藤の右手首に打ち込んだのだ。思わず拳銃を落とした武藤の顎に、叶の右アッパーが決まった。

「貴様ッ」

 咄嗟に反応して掴みかかった小泉の手を右腕で払い、顔面に左ストレートを叩き込む。

「ぶぉっ」

 小泉の身体が吹っ飛んで壁に激突した。アッパーを受けてふらついていた武藤が、体勢を立て直して叶に殴りかかるが、パンチが大振りなので苦も無くかわす。よろめいた武藤の腹に右フックを入れ、後頭部に左フックを打ち下ろす。顔からゆかに倒れた武藤を見下ろしていた叶の左肩に、轟音ごうおんと共に激痛が走った。

「がっ!」

 肩を押さえて壁にもたれる叶の歪む視界に、苦悶の表情で拳銃を構える小泉の姿が見えた。

「馬鹿が……持って来てないと思ったか?」

「クソッ……用意がいいじゃねぇか」

 痛みに耐えてへらず口を叩く叶に、小泉は立ち上がって両手で拳銃を握り直した。

「今ので立派な公務執行妨害こうむしっこうぼうがいだな……ついでにこのクソヤクザを殺した罪も背負って貰うか」

「何?」

 叶が歯を食い縛りながら訊くと、小泉は銃口を叶の眉間に向けて言った。

「君の所為でせっかく見つけた梶山殺しのホシが逃げてしまった、このままじゃ私は独断専行どくだんせんこうの上に肝心な犯人も逃がした大間抜けだ。その汚名をすすぐには、何かしらの結果を残さなきゃいかん。という訳で、君達には私の役に立って貰おう」

「へっ、そうやって今まで手柄てがらをでっち上げて点数かせいで来たのか。御苦労なこった」

 言い終える頃に、小泉の右足が叶の左肩を蹴りつけた。

「ぐあぁっ!」

 思わず悲鳴を上げる叶の顔面に、革靴の底が食い込んだ。背中をしたたかに壁に打ちつけた叶が、血反吐を吐いて悶絶する。そこへ更に小泉が右足を上げ、叶の左肩を踏みつけて体重を乗せた。

「がああああぁっ!!」

 叫び声を上げる叶の額に銃口じゅうこうを押しつけて、小泉はこめかみに青筋を立てながら言った。

「生意気な口が利けるのもこれまでだ。成仏じょうぶつしろ」

 万事休ばんじきゅうす――叶が目を閉じたその時、外からパトカーのサイレンが聞こえて来た。

「何ッ?」

 驚いた小泉が顔を上げた拍子に、叶の額から銃口が外れた。すかさず叶が右拳を小泉の手の甲に思い切り叩きつける。

「うっ」

 軽い悲鳴と共に、小泉が拳銃を取り落として右足を叶の肩から離す。その隙に叶は横に転がって距離を取り、よろめきながら何とか立ち上がった。小泉が拳銃を拾おうとした時、叶の後ろから大声がとどろいた。

「そこまで!」

 廊下に居る三人が、一斉いっせいに声の方を向いた。


《続く》



 

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