友情遊戯 #34

「愛美……」

 頭を垂れて呟いた吉鷹が、また顔を上げたかと思うと、叶に向かって首を突き出して喚いた。

「そうだ愛美だ! おまえが救急で来た日に教えてやったんだよ! おまえが探偵なんかになってやがったってなぁ! そしたらあいつは急におまえの事を懐かしみ始めて、しまいにゃ会いに行ったんだ!? どうだった叶? 久々の再会は? さぞ楽しかったろうな! あいつは否定したがおまえ等実は昔付き合ってたんじゃないのか? それで焼けぼっくいに火が点いたか!? え? ふたり揃っておれを馬鹿に――」

 言い終わる前に、叶の右手が吉鷹の首に食い込んでいた。呼吸困難で呻く吉鷹を引っ張り上げて無理矢理立たせると、叶は思い切り右腕を伸ばして吉鷹の身体を壁に叩きつけた。

「ごはぁっ!」

 喉の奥から反吐へどを出して苦悶くもんする吉鷹を睨みつけて、叶は震える声で告げた。

「オレはなぁ幸雄、元々は愛美に頼まれたからオマエを探し始めたんだ……まぁ途中で変なヤツがダブルブッキングして来たがな。愛美は後から依頼料をよこしたが、今でもオレは仕事だとは思ってねぇ……友達としてオマエの無事を願って探してたんだ。オマエは、オマエの事を心配して待ってる愛美の気持ちを、踏みにじる気か!? ゲスの勘繰かんぐりもいい加減にしろ!」

「愛美、が……」

 吉鷹は掠れた声で呟き、それきり押し黙った。叶は吉鷹の首から手を離し、大きく息を吐いた。戒めを解かれた吉鷹の身体は、腰から崩れ落ちた。

「さぁ、そろそろ行くぞ。まずは愛美に無事な姿を見せてやれ」

 そう言って、叶は吉鷹に右手を差し出した。目の前に現れた手に少し怯える素振りを見せた吉鷹だったが、自分に危害が及ばないと判ると、己の右手を上げて掴んだ。叶も手を掴み直し、吉鷹の身体を引き上げて立たせた。

「ちょっとやり過ぎたかな、歩けるか?」

 叶の質問に、吉鷹は無言で頷いた。叶は吉鷹に肩を貸して院長室を出た。その途端とたん、耳をつんざく破裂音と共に、叶の頬を熱い何かが掠めた。

 硬い物が壁に当たる乾いた音と同時に、叶の頬に強烈な痛みが襲った。顔をしかめつつ、叶が廊下に目を転じると、右手で拳銃を構えた武藤が立っていた。銃口から、微かに煙が上がっている。

「探偵、ご苦労さん」

「オマエ……どうして」

 驚いた叶が思わず訊くと、武藤は拳銃を叶に向けたまま答えた。

「監視がひとりだなんて、誰が決めた?」

「……そういう事かよ」

 叶は苦虫を噛み潰した様な顔で呟き、吉鷹を壁にもたれさせて身構えた。

「なぁ、まだタイムリミットじゃない筈だぜ? その物騒ぶっそうなモン下ろせよ」

「そうは行かねぇんだよ」

 言い返した武藤の後ろから、別の人影が近づいて来た。叶が目をらすと、その正体は小泉刑事だった。

「アンタ、組対の?」

 瞠目した叶が口走ると、武藤に並びかけた小泉が反応した。

「覚えてたか、叶さん。ともかく、お陰で梶山殺しのホシが見つけられたよ。感謝する」

「何? オマエ等まさか――」

 言いかけた叶の脳裏に、石橋の忠告がよぎった。

「そうか、そのヤクザが事務所に来たのはアンタの差し金か」

 叶の指摘を、小泉は黙殺もくさつした。事態が飲み込めない吉鷹が、救いを求める様に叶に尋ねた。

「お、おい叶、どういう事だ?」

 叶は視線を武藤と小泉に向けたままで答えた。

「さっき言ったダブルブッキングってのが、あの銃持ってるヤクザ屋さん。で、その隣のオッサンは組対のデカ。アイツ等はグルで、オマエを見つける為にオレを利用したって訳」

「ヤクザって……あの梶山と?」

「多分、梶山はアイツの組と仲良しで、ヤクの密輸みつゆに関わってた。オマエにモルヒネを要求したのも、恐らくそれを材料に合成麻薬か何かを作る為だ、そうだろ?」

 叶が確認すると、武藤は二、三度頷いて返した。

「なかなかやるな探偵、一日かそこらでよくそこまで調べたな」

「梶山はアロハシャツにガンコロを縫い込んで隠し持ってた。あんな手の込んだ隠し方を見りゃ誰でも密輸だって見当はつくぜ」

 叶の言葉に、小泉が横から口を入れた。

「ほぉ、そんな手口だったのか」

「まぁ、あんなのは普通のやり方じゃ国内に入れられねぇだろうから、船便でも使って、ついでに税関の連中に鼻薬はなぐすり嗅がしたんだろ」

 叶の更なる指摘には答えず、武藤は拳銃を握り直して足を前に進めた。

「お喋りはそこまでだ。そいつをこっちに渡せ」

 叶は吉鷹をかばいながら後ずさり、尚もしゃべり続ける。

「オイ、穏やかじゃねぇな。デカの目の前でまたブッ放すつもりか?」

 武藤は肩越しに小泉を一瞥してから言った。

「逆だ。デカが居るから安心してれるんだ」

 叶と吉鷹が、同時に瞠目した。恐怖に全身を震わせた吉鷹が、叶の後ろから武藤に向けて叫んだ。

「た、助けてくれ! モルヒネなら、そ、その部屋のデスクの引き出しに入ってる。それを全部やるから、い、命だけは助けてくれ!」

 だが武藤は表情ひとつ変えずに言い放った。

「ああ貰って行くさ。オマエ等をバラした後でな」

 後ろで吉鷹が息を飲むのが、叶にもハッキリ判った。


《続く》


 

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