友情遊戯 #31

 吉鷹ていを後にした叶は、コインパーキングでバンデン・プラに乗り込み、運転席でナビゲーションアプリに住所を入力してからエンジンをかけた。

 パーキングを出たバンデン・プラは、更に十分ほど走って海の近くに出た。やがて進行方向に、銀色の鉄塀てつべいと『安全第一』と書かれたオレンジと黒のツートンカラーのフェンスに囲まれた一画が見えた。吉鷹の祖父、泰徳が建てた『医療法人泰生会 吉鷹病院』だ。

 バンデン・プラをフェンスのそばに停めて運転席を出た叶は、敷地の外周を徒歩でまわってみた。すると、かつて救急入口があったと思われる辺りのフェンスがずらされ、鉄塀を無理矢理こじ開けた形跡けいせきがあった。叶は一瞬考えて、周囲を見回してから塀の隙間すきまに身体を捻じ込んだ。

 アスファルトの路面ろめんは所々ひび割れ、草が生えていた。駐車スペースの白線はかすれ、輪留わどめのブロックはかどが欠けていた。建物を見上げると、真っ白だった筈の外壁には雨垂あまだれに生えたカビが黒い線をえがき、窓ガラスも内外の埃で曇っていた。

「半年かそこらで、こんなになっちまうのか……」

 独りごちた叶は、目の前の『救急入口』と書かれた扉の把手に手を掛けてゆっくり引いた。軋む音を立てて、扉は地面に堆積たいせきした砂を掻きながら開いた。叶は身体を中へ滑り込ませ、後ろ手にゆっくり扉を閉めた。当然ながら、建物の中は照明がいていないので薄暗い。叶は目を細めて廊下ろうかの先を見通してから、すぐ側の『時間外受付』に続く扉のノブを握り、ゆっくり捻った。こちらも耳障みみざわりな摩擦音まさつおんを立てて回る。

 扉を開けて中を覗き込んだ叶は、壁に非常用の懐中電灯かいちゅうでんとうが掛かっているのを見つけた。

「点く……か?」

 呟きながら近づき、うっすら埃を被った電灯を掴んで引っ張った。直後、先端の電球が発光し、天井にスポットライトを当てた。

「よし」

 叶は懐中電灯を腰の辺りで前に向けて構え、部屋を出た。

 なるべく足音を立てない様に注意しながら歩く叶だったが、それでも外から吹き込んだ砂の所為でかわいた音が鳴った。

 叶は一階を捜索したが、人の気配は皆無かいむだった。正面玄関へ差し掛かると、叶は各階案内かくかいあんないを探して受付周辺を歩き回り、エレベーターホールで発見した。

『吉鷹病院』は今叶が居る外来及びおよ検査の設備がある本棟ほんとうと、入院、手術の設備と医局いきょくそなえた病棟びょうとうに分かれていて、本棟は地上六階と地下二階、病棟は地上七階という構造になっていた。叶は首を巡らせて見当をつけ、病棟へ向かって歩き出した。


 病棟に入った叶は、足元を懐中電灯で照らしながら慎重しんちょうに階段を上った。日頃のロードワークで体力を維持している叶でも、足音を忍ばせながら階段を上り、一階ごとに様子を窺いながら進むのはかなりきつく、最上階に辿り着いた時には、思わず大きく息を吐き出した程だった。

 額ににじんだ汗を拳でぬぐった叶の耳に、微かに物音が聞こえた。反射的に懐中電灯を向けるが、人影は見えない。だがよく見ると、廊下から見える殆どの扉が閉め切られているのに、一ヶ所だけ少し開いていた。叶はのどの奥で咳払いしてから、半開きの扉を目指して歩を進めた。その扉には、『院長室いんちょうしつ』と記されたプレートが貼られている。

 叶が扉の把手に手を掛けようとした時、中からおびえ切った声が飛び出した。

「だ、誰だ!?」


《続く》

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