友情遊戯 #28

 掃除を終えて、ジムの前で熊谷と別れた叶は、玲奈を先にバンデン・プラに乗せて待たせて、足音を忍ばせてメルセデスへ歩み寄り、そっと運転席を覗き見た。中ではお目付役が大きく口を開けて眠り込んでいた。よほどつかれたのだろう、試しに叶がフロントガラスをノックしてみたが、全く反応しなかった。

 叶がバンデン・プラの運転席に入ると、玲奈が身を乗り出して訊いた。

「何やってたの?」

「ちょっと様子を見て来た。よーく寝てたぜ」

「そりゃそーだよ、会長さん凄かったもん」

 叶の返答に玲奈が笑顔で同調した。確かに、お目付役に対する熊谷の指導は、体験入門相手に対するそれのいきを軽く超えていた。希望者全員に同じ調子で指導していたら、恐らく誰も入門しないだろう。

「ま、そっとしとくか。オレは他人の安眠あんみんさまたげない主義だからな」

 叶は前を向いたまま言うと、エンジンをかけてバンデン・プラを発車させた。


 遅めの夕食は、玲奈のリクエストで『WINDY』でる事にした。叶は今日二度目の来訪らいほうだが、風間に訊きたい事がまだあったので丁度良かった。

 昼間と同じコインパーキングにバンデン・プラを停めて、ふたりは『WINDY』に入った。閉店まで一時間近かったが、ギリギリラストオーダーには間に合った。

「いらっしゃいませ」

 叶は出迎えたウェイトレスに小声で「度々たびたびすまない」と告げて、玲奈を伴って店の奥の二人掛けのテーブルに陣取った。途中で風間がキッチンから顔を出して「おぉ、ウェルカム。久しぶりだなお嬢ちゃん」と声をかけた。玲奈が振り返って風間に手を振ると、風間も手を振り返す。

 ふたり分のビーフシチューをオーダーした叶は、玲奈に断ってからカウンターへ行き、風間に話しかけた。

「風さん、昼間言った小泉ってデカの事、思い出しました?」

「おぅ、それなんだがな」

 風間は一旦言葉を切り、周囲を見回してから改めて口を開いた。

「その小泉ってのが俺の知ってる刑事なら、相当ヤバいぞ」

「どういう事です?」

「そいつは、目的の為には手段を選ばない奴でな、ある組織を内偵ないていしてる最中に、認められてないおとり捜査をやったんだ。結果としてその組織を壊滅かいめつに追い込めたのは良かったが、囮に使った一般市民に怪我をさせちまった。それで所轄に飛ばされたって話だ」

「囮捜査、ですか」

 叶が呟くと、風間は更に続けた。

「それと、こいつは噂の域を出ないんだが、小泉は方々の組織から金を貰ってるらしい。その見返りかどうかは知らんが、組対の捜査情報を提供したり、押収おうしゅうしたヤクを横流よこながししてたらしい」

「マジですか? それでよくクビになりませんね」

「その分、組織に協力させて検挙率けんきょりつを上げてるってのがもっぱらの評判だ」

「なるほど……」

 叶は今朝小泉と取調室で会った時に感じた、一種異様な雰囲気ふんいきの理由が何となく判った気がして頷いた。叶は風間に会釈して、ポケットから一万円札を一枚出してそっと手渡した。受け取った風間が、玲奈の方へ顎をしゃくった。もう一度会釈して、叶は席へ戻った。スマートフォンを見ていた玲奈が、視線を叶に移して訊いた。

「何の話?」

「大人の話」

 叶がはぐらかすと、玲奈は「何それ」とだけ言ってスマートフォンに目を戻す。程なくウェイトレスがふたり分のビーフシチューを運んで来た。途端に玲奈の顔が綻ぶ。

「待ってました!」

 つられて叶も微笑し、ふたりそろってスプーンを取った。


 食事を終え、玲奈を自宅まで送った叶が月極駐車場にバンデン・プラを入れて事務所へ戻ると、例の位置にお目付役のメルセデスがハザードランプを点灯させて停まっていた。叶が近づくと、運転席からお目付役が飛び出して来た。

「てめぇコラァ! やっぱり逃げやがったな!? 何処行ってやがったぁ!?」

 目を血走らせてがなり立てるお目付役を見据えて、叶は事も無げに答えた。

「メシ食いに行ってただけだ。大体オマエが車の中で居眠りしてんのが悪いんだろ」

 図星を突かれて二の句が継げないお目付役に手を振って、叶は事務所に戻った。ソファに腰を下ろしてスマートフォンを操作し、吉鷹の部屋で撮った写真を整理してから、着替えて眠りに就いた。


《続く》



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