友情遊戯 #27

 荷物を置いた叶が更衣室から戻ると、いつの間にかTシャツとトランクス姿に変わったお目付役が、熊谷の指導で両拳にバンテージを巻いていた。まだ全然身体を動かしていないはずなのに、もう額にタップリ汗をかいている。

 叶が微笑しながら様子を見ていると、サンドバッグ打ちを終えた玲奈がパンチンググローブをめたまま寄って来た。

「ねぇ、あの人何? アニキの友達?」

「アレか? 恐いお兄さん」

 叶の返答に、玲奈が顔を歪める。

「マジ? アニキいつの間にヤクザと友達になった訳?」

「友達じゃねぇよ、ちょっとわけありでな、アイツはオレの監視役」

「監視って、何か頼り無さそうだねあの人」

「言えてる」

 叶と玲奈が笑い合っていると、ラウンド開始のベルが鳴った。叶は玲奈を見下ろして告げた。

「ホラ、バッグ打ち終わったんならシャドーか何かやっとけ。アップしたらミットやってやるから」

「はぁーい」

 玲奈は気の抜けた様な返事を残して踵を返した。改めてお目付役に目を転じると、今度は熊谷と一緒に柔軟体操をしていた。身体がかたいらしく、食いしばった歯の間から苦しそうなうめき声が漏れている。そんな状態のお目付役に、容赦ようしゃなく熊谷の叱咤しったが飛ぶ。

「おーい、何だよそれ!? 全然曲がってないぞ! まだ若いんだからもっと行くだろ!」

「う、うるっせ……おれは昔から、身体が、か、硬」

「言い訳しない! 気合いだよ気合い!」

「い、痛ててて押すな押すな」

 叶は笑いを噛み殺しながら、自らも柔軟体操を始めた。


 練習を終えて、次々と練習生がジムを後にする中、お目付役がリングのすぐ脇で大の字になっていた。息は荒く、胸が激しく上下している。叶がモップを片手に歩み寄り、様子をうかがった。

「オイ、生きてるか?」

 呼びかけられたお目付役は、顔を歪めて頭だけを起こし、叶を睨みつけた。

「うるせぇなてめぇ……ひでぇ目にったぜクソ」

「そんだけ口がけりゃ大丈夫だな、これから掃除するからよ、外出ろ」

 叶の指示に、お目付役は汗だくの額に青筋あおすじを立てて上半身を起こして抗弁した。

「んだとコラァ……そうやっておれを追い出してまた逃げようってんじゃねぇだろうな?」

 そこへ、ほうきとちり取りを持った熊谷が寄って来て、お目付役に言った。

「よぉ兄ちゃん。今日はよく頑張ったなぁ、なかなか筋がいいよ」

 唐突に褒められて嬉しいのか、お目付役は目をらして応えた。

「ま、まぁな……」

「何照れてんだよ」

「うるせぇな!」

 叶のツッコミに言い返すと、お目付役はうなり声と共に立ち上がり、覚束おぼつかない足取りで出入口へ向かった。途中で、壁際にたたんで置いてあった私服を抱え上げたが、その拍子に身体の何処かに激痛が走ったらしく、軽く悲鳴を上げた。その背中に熊谷が声をかけた。

「兄ちゃん、いつでも入門待ってるよ」

 反応を示さぬままお目付役がジムを出た所で、着替えを終えた玲奈が更衣室から出て来て叶に訊いた。

「何かボロボロじゃない? あの人」

「運動不足なだけだろ。アイツ等普段らふだんは車ばっか乗ってるからな」

 答えた叶に、玲奈が更に訊いた。

「ねぇアニキ、今日送ってくんない? ついでにごはん行こうよ」

「悪いな、オレは忙しいんだよ」

「何それケチ!」

 へそを曲げた玲奈が帰ろうとすると、叶が通せんぼして言った。

「オイ待て、オマエも掃除しろよ」

「え~ヤダァ」

 頬を膨らませて断る玲奈に、叶は更に言う。

「別に帰ったって寝るだけだろ? だったら手伝ってけよ」

「何それバカにしてんの? あ、そぉだ! ごはん奢ってくれるならやる!」

 不満顔から一転して満面の笑みを浮かべて提案する玲奈に、叶は溜息を吐いてかぶりを振った。すると、横から熊谷が口を挟んだ。

「友也、玲奈ちゃんだって学校行ってバイトして、それでここ来て一生懸命練習してんだからよ、たまには労ってやれよ」

「お、さっすが会長! 良い事言う~!」

 玲奈が賞賛しょうさんすると、熊谷も満面の笑みでサムズアップした。叶は天をあおいでまたもかぶりを振った。

「ったくしょうがねぇ、判ったよ」

「やったぁ! タダメシゲットー!」

 両手をげて喜んだ玲奈は、肩からげていたスポーツバッグを壁際に置くと、叶からモップをひったくって床を磨き始めた。

「……現金なヤツ」

 小声でボヤきつつ、叶は別のモップを取りに行った。


《続く》




 


 

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