友情遊戯 #25

 唐突とうとつに知らされた旧友の本音に叶が落胆している横で、西条は日記を熟読じゅくどくしていた。時折混ざる「へぇ~」やら「ほぉ~」と言う呑気な相槌あいづちを耳障りに感じた叶が何か言おうとした所へ、またも西条が日記を開いて見せた。

「ほら、吉鷹はどうやら強請ゆすられてたみてぇだな。恐らく相手は梶山って奴だ」

 叶が目を落としたページには、恐喝きょうかつの事実と相手をこれでもかとののし雑言ぞうごんの数々、対処に困った吉鷹のなげきが充満じゅうまんしていた。ここまで来たら、どんな素人でも吉鷹をクロだと判定するだろう。

「アイツ……何でこんな」

「さぁな」

 軽く応えつつ、西条は叶に背を向けて過去の日記を漁り始めた。その横で叶はそれ以上何かを探す気にならず、ベッドに座ってうな垂れた。

 人は変わる。それは重々承知じゅうじゅうしょうちしている。ましてや、二十年近く会っていなかった相手が小学校の頃と同じである訳が無い。

 いかな偶然とはいえ、久しぶりの再会を果たした喜びが、叶の心にノスタルジーというフィルターをかけてしまったのか。

 足元を睨みつけて考え込む叶の耳に、西条の声が遠慮無く飛び込んだ。

「あー、ともちんのお友達は、こっから挫折ざせつしちゃったのかもね~」

「何?」

 叶は顔を上げて、西条の手から日記帳を引ったくった。目に入ったページに書かれていたのは、吉鷹に医者になる事を命じたと思われる祖父、泰徳の死と、泰徳が経営していた病院が債務超過さいむちょうか破綻はたんし、土地ごと人手に渡った事が記されていた。その上で吉鷹は、こう綴っていた。

『じいちゃんは、俺が立派な外科医になったら病院をくれると約束してくれた。なのに急に死んじゃって、残った病院は借金まみれだった。ふざけるな! じいちゃんは俺に大赤字の病院を押しつけようとしてたのか!? どっちにしろ、これで俺の輝かしい未来もパーだ』

 血のつながった祖父をくさすその文章からは、吉鷹の中の底知れぬ闇が垣間かいま見えた。

 その後は、元々在籍していた國料大附属病院から三行半みくだりはんを突きつけられて、医療ミスのほとぼりを冷ます為だけに異動した桜川病院に、厄介払やっかいばらいとばかりに移籍させられた事、それまで住んでいたマンションを引き払って今のこの部屋に引っ越さざるを得なかった事等が、うらみ言混じりに延々とつづられていた。愛美との事もいくつか記されていたが、そこには一片のぬくもりも感じられなかった。

 吉鷹の暗い心境に触れた叶は、日記帳を放り出してベッドに仰向けになった。そのかたわらで相変わらず熱心に日記を読む西条が、目を輝かせた。

「あった! 最初の医療ミスの時の日記!」

 叶は天井を見つめて溜息を吐くと、勢い良く上半身を起こしてスプリングの反動を利用して立ち上がった。

残飯ざんぱん漁りは終わりだ。出るぞ」

 叶は肩越しに西条を見て告げ、玄関に向かった。日記の文面を撮影しようとスマートフォンを取り出していた西条が慌てて呼び止める。

「え? おい待てよ、己はまだ用が済んでねぇぜ」

「ならサッサと済ませろ。鍵はオレが持ってんだ。閉じ込められたくなかったら早く来い」

 冷徹れいてつに言った叶が、三和土たたきで靴に足を入れた。西条は「チェッ、何だよ急に」と文句をたれながら素早くシャッターを押して日記帳をしまい、小走りに玄関に駆け寄った。

 叶は西条を先に外へ出してから自分も部屋を出て、ドアを施錠せじょうした。

「サンキューともちん。おかげさんで良い記事書けそうだぜ」

 西条の感謝の言葉を聞き流して、叶はスティールの階段を降りた。後に続く西条が煙草を取り出しながら訊いた。

「これからどうすんの? 行くとこあるんなら己の車乗んなよ」

「断る。もうオマエの世話にはならん」

 叶はにべもなく拒否し、タクシーを拾うべく通りへ出た。だが西条も食い下がる。

「そんなつれない事言うなよ。タダで乗せてやるからさ」

「タダより高い物は無いって言うぜ」

 叶が混ぜ返すと、西条は煙草に火を点けて応じる。

「何だよ、ここまで来たら一蓮托生いちれんたくしょうだろうよ、なぁ頼むよ、一緒に行かせてくれって~!」

 すると叶は、西条に向き直って言い放った。

「何が一蓮托生だ、これ以上オマエのダシに使われてたまるか! とっとと失せろハイエナ!」

 さしもの西条も、叶の迫力に一瞬たじろいだ。叶は再び通りに向き直り、近づくタクシーに手を挙げた。


《続く》

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