友情遊戯 #23

 叶がタクシーを降りたのは、そこそこ年季の入った外観の木造アパートの前だった。数時間前まで居た梶山のマンションとの激し過ぎる落差に、叶は若干戸惑った。

「ここかよ……」

 独りごちてから、吉鷹の部屋へ向かおうとした叶の視界に、見たくない物が入った。足を止めて首を捻った先に、ほろをかけた漆黒のアルファロメオ・スパイダーが停車していた。

「西条……そうか」

 苦虫を噛み潰した様な表情で呟く叶の前で、運転席のドアが開いて西条が姿を現した。そのあごは忙しく上下している。

「よぉともちん。何でこんな所に来てんの?」

 何やら食べ物を咀嚼そしゃくしながら訊く西条を、叶は心底嫌そうな顔で見て返した。

「オマエにゃ関係ねぇ。ハイエナは大人しく巣で寝てろ」

 そのままアパートへ行きかけた叶に、西条が後ろから言葉を浴びせた。

「吉鷹幸雄なら居ないぜ」

 一瞬、足を止めかけた叶だが、すぐに気を取り直してアパートへ歩を進めた。それを見た西条が慌てて後を追う。

「お、おいちょちょちょ、ちょっと待てよ」

 叶は西条を無視してスティールの階段を上がり、二階奥の二〇五号室に近づいた。追いすがる西条が、やや声のボリュームを落としながら告げた。

「おい、そこ吉鷹の部屋だろ。居ないっつってんじゃんかよ? 大体あんたは何の用なんだよ?」

 叶は振り返って西条と正対し、強い口調で言い返した。

「オレは正式な依頼でここに来てるんだ。興味本位のトップ屋の出る幕じゃねぇ」

「へっ、そうは行くかよ、こっちもめしのタネを逃す訳には行かないんでね」

 不敵な笑みを浮かべて見返す西条と数秒睨み合った叶だが、やがて小さく溜息を吐いて再び部屋の扉へ向かった。

「まぁいい。ここまで来たらお互いとぼけっこ無しだ」

 振り向かずに言ってから、叶は合鍵を使って扉を開けた。驚いた西条が尋ねる。

「え? ともちんそれ何処で手に入れたんだよ?」

 質問には答えず、叶は三和土で靴を脱いで中に入った。西条も続く。

 手前は四畳半程の板の間で、玄関扉の右側に台所が設置されていて、その向こうにトイレがある。左手には風呂場があった。叶が歩くと、足下で板がきしんだ。食器の類が見当たらない台所を見て、西条が独りごちた。

「生活感ねぇな~、本当に人住んでたのかここ?」

 聞こえないふりをして、叶は正面奥の引き戸を開けた。その先は六畳の和室で、対面に嵌まったサッシには分厚いカーテンが引かれている。右側は押し入れで、ふすまに所々亀裂が入っていて、年季を感じさせた。

左側にシングルベッドが鎮座ちんざし、その周囲を本棚が囲んでいる。棚を占拠せんきょするのはほとんどが医学書とその関連書籍で、娯楽ごらく関係の本は数える程だった。ベッドの足側にテレビとDVDレコーダーが置かれているが、うっすらほこりを被っていた。部屋の真ん中にテーブルが置いてあるが、天板には何も置かれていない。この部屋にも生活感はあまり見られなかった。事情を知っている叶はさして驚く様子も見せないが、西条は呆れた様に首を振った。

「はぁ~、医者ってのはそんなに忙しいのかよ? 帰って寝るだけって感じの部屋だなこりゃ」

「オマエほど暇なヤツは居ねぇよ」

「何だと?」

 気色ばむ西条を尻目に、叶は押し入れを開けて中を探った。中は上下二段になっていて、上段に洋服の入った引き出しボックスが数個と、横に渡された突っ張り棒に複数の上着を掛けたハンガーが吊られていて、その下に掛け布団や毛布が畳まれて収納されていた。

 下段には大型のキャリーケースと複数の段ボール箱、古めのボストンバッグ等が入っていた。叶は躊躇ためらわずに段ボール箱を引っ張り出し、蓋を開けて中身をあさり始めた。

「おい、何やってんの?」

「ちょっとな」

 西条の質問を曖昧に受け流すと、叶は目当ての物を見つけた。吉鷹の中学校の卒業アルバムだ。叶はカバーを外して本体を開き、巻末に記載された卒業生の住所録をたどり、吉鷹の自宅の住所を見つけて素早くスマートフォンで撮影した。その様子を所在しょざいなげにながめていた西条だが、不意にベッドサイドに屈み込んだ。視界の端で確認しつつ、叶が尚も段ボール箱を調べていると、突然西条が呼びかけた。

「ともちん、ちょっとこれ」

「何だよ?」

 やや苛立ち気味に返事して振り返った叶の眼前に、西条が何かを掌に乗せて突きつけた。

「ん?」

 面食らいながらも、叶が掌の上の物体に焦点を合わせた。それは、くしゃくしゃにされた叶の名刺だった。

「これは……」

 手を引っ込めた西条が、真剣な表情で叶に問いかけた。

「あんた、吉鷹とどういう関係?」


《続く》

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