友情遊戯 #21

 叶がマンションを出てバンデン・プラに向かうと、お目付役がメルセデスの運転席から出て、ボンネットに寄りかかって煙草を吸っているのが見えた。叶を見つけると、口の端から主流煙をはみ出させながら言った。

「なげぇよ」

「悪かったな、どうせ暇だろ?」

「何だと!?」

 教科書通りに怒りを露わにしたお目付役を無視して、叶はバンデン・プラの運転席に乗り込み、エンジンをかけた。慌ててお目付役が煙草を踏み消してメルセデスに乗る。

 二十数分ほど走って、叶は『レストラン&バー WINDY』に近いコインパーキングに車を入れた。メルセデスが続こうとしたが、生憎あいにくレーンが空いていなかった。叶がバックで駐車しながらメルセデスを見ると、お目付役が何やら文句を垂れながらハンドルを叩いていた。

「アイツ面白ぇな」

 叶は微笑しつつ停車し、運転席を出てドアをロックしてパーキングを出た。と同時にお目付役が運転席の窓を開けて顔を出した。

「おい! 何処行くんだてめぇ!?」

「あ? オレの事気にする前に車停める所探した方がいいぞ。駐禁切られたらカッコ悪いぜ」

「うるっせぇくそ!」

 お目付役は吐き捨てて顔を引っ込め、叶の前を横切って走り去った。叶は遠ざかるメルセデスに軽く手を振り、『WINDY』に入った。

「いらっしゃいませ」

 ウェイトレスの声に迎えられて、叶はキッチンに近いカウンター席に直行した。横を並んで歩くウェイトレスに「コーヒーくれる?」と告げて、奥のスツールに取り付いた。コンロの前に立ってシチューを煮込んでいた風間が、叶に気づいて顔を上げた。

「おぅ、来たか」

「申し訳ないッス、風さん」

 肩をすくめる叶に微笑を返すと、風間はシチューをかき混ぜる手を止めてエプロンのポケットに手を入れ、大きめのキーホルダーが付いた鍵を取り出した。

「ほら、ねぎしまなみさん、からだ」

「ありがとうございます」

 叶が風間の手から鍵を受け取ると同時に、ウェイトレスがコーヒーを持って来た。叶は手で合図して、カップを掴んでひと口啜った。

 叶が愛美に頼んだのは、吉鷹の自宅の合鍵だった。死んだ梶山久志と吉鷹との関係が濃くなりつつある今、吉鷹の側を調べる事は必須だった。愛美に余計な心配をかけさせたくなかったが、背に腹は代えられない。

 叶が鍵をしまうと、風間がもうひとつエプロンのポケットから取り出して叶に示した。

「それと、これをお前さんに渡してくれって、彼女が置いてったよ」

「愛美が?」

 叶の前に差し出されたのは、白無地の封筒だった。中には、複数の一万円札が収まっていた。困惑する叶に、風間が言った。

「彼女言ってたよ、私の所為せいで叶君に迷惑をかけてしまった、ってな。それはお前さんへの正式な依頼料だそうだ」

「愛美……」

叶が封筒を握り締めて呟く。風間は一度左右を見てから、身を乗り出して叶に尋ねた。

「お前さん、今何調べてんだ? たかが鍵一本にこんな手間かけたりして」

「あぁ、まぁ、人探しと言えば人探しなんスけど、何故かコレに目付けられちゃって」

 叶は右手の人差し指で己の頬を斜めになぞって答えた。その仕草に、風間も瞠目する。

「ヤクザか?」

 小声で訊く風間に頷き、叶も声のボリュームを落として続けた。

「実は、明日の夜十時までってタイムリミットがあって、御丁寧ごていねいに監視まで付いてるんスよ。まぁ今はたまたまパーキングが満車だったんで振り切れたんですけど」

「そうなのか……何処の組だ?」

 風間に問われて、叶は上着のポケットから武藤の名刺を出した。受け取った風間は、数秒見つめてから言った。

「武藤涼介……ああ、『GOLDSTORM』の頭か」

「知ってるんスか?」

「あぁ、こいつは昔、『GOLDSTORM』って名前の暴走族のリーダーだったんだ。当時はもう悪逆非道あくぎゃくひどうの限りを尽くしてやがって、おれも手を焼いたよ」

 風間は白バイ時代を思い出しながら話した。叶は二、三度頷いて更に訊いた。

「へぇ、そんな奴が何でヤクザに?」

「それはな、当時裏社会で勢力を伸ばしていた『金城組かねしろぐみ』って組織が武藤達をスカウトしたんだよ。活きの良い若い兵隊が欲しかったらしくてな」

「それでさかずきを……」

 叶の言葉に頷き、風間は名刺を返して続けた。

「それからも、武藤達は結構派手にやっててな、ハジキにヤク、ウリ、およそあらゆるシノギに手ェ出してた筈だ」

 ヤク、という単語を聞いて、叶は上着のポケットから例の錠剤を取り出して風間に見せた。

「ああそうだ、風さん、これ何だか判りますか?」

 風間は叶の掌に乗った錠剤を、眉間に皺を寄せて数秒見つめてから、指でつまみ上げて観察した。と思うと、突如錠剤をキッチンのまな板の上に置いて、手近にあったパンナイフの柄を押しつけてくだいた。

「え、何してんスか?」

 突然の行動に戸惑う叶を尻目に、風間は砕いた錠剤の一部を小指に付け、舌に乗せて舐めた。直後、風間の表情が急激に険しくなった。

「お前さん、これを何処で手に入れた?」

「えっ?」


《続く》

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