友情遊戯 #19

 お目付役のメルセデスがついて来るのをバックミラーで確認しつつ、叶はスマートフォンのナビゲーションアプリを頼りに梶山の自宅近くまでバンデン・プラを走らせた。

 目的地付近で路上駐車し、運転席から出た叶は、梶山の自宅だとする住所を見て、しば呆気あっけに取られた。

「ここかよ……」

 叶の視線の先にそびえ立つのは、輝く様な純白の外観を持つ高級マンションだった。その威容いようと、『桜川病院』で吉鷹達に食ってかかっていた梶山の風貌ふうぼうがどうしても不釣り合いに思えて、叶は首を傾げた。

 バンデン・プラの真後ろにメルセデスを停めたお目付役が、運転席の窓を開けて首を出した。

「おい、何ボーッとしてんだ?」

「うるせぇな、オマエそこで待ってろ。オマエみてぇなガラ悪いのが一緒だと目立って仕方ねぇ」

 肩越しに振り返って告げると、叶はお目付役の抗弁を聞き流してマンションへ歩を進めた。

 正面玄関の自動ドアをくぐると、テンキーとカメラ、モニターが付いたコンソールが出迎えた。当然の事ながら、ここから先はオートロックになっていて、住人と関係者以外は入れない。

 叶は武藤からもらった合鍵を取り出し、テンキーの下にある鍵穴に差し込んで捻った。直後にコンソールの奥にあるもうひとつの自動ドアが音も無く開いた。叶は鍵を抜いてドアをくぐった。

 革張りのソファが並ぶロビーを抜けて、エレベーターに乗って八階のボタンを押した。数秒後に扉が閉まり、かすかな駆動音くどうおんを立ててゴンドラが上昇し、四、五秒で八階に到着した。

 エレベーターを降りた叶は、一度周囲を見回してから廊下ろうかを進み、目指す八一五号室へ向かった。

「梶山って奴、一体何者だ?」

 独りごちた叶が、八一五号室の前で足を止めた。扉の脇の表札には『KAJIYAMA』と記載されている。

「へっ、気取ってやがる」

 吐き捨てる様に言いながら、叶は合鍵を使って扉を開け、中に入った。

 玄関で靴を脱ぎ、フローリングの床に足を置くと、ひんやりとした。生活感はまるで感じられない。

 廊下の突き当たりに嵌まったりガラス製の扉をゆっくり引き開けると、そこは広めのリビングダイニングだった。左奥に対面式キッチンが見える。ここにも生活感は皆無だったが、よく考えればこの部屋は既に警察の手が入っている筈で、その際にある程度整理したのであろう。

 叶は室内を見回してから、キッチンを覗いて流しの下の引き出しを開けたり、冷蔵庫の中をチェックしてみたものの、特に不審な物は見あたらない。

「何にもねぇかここは」

 溜息混じりに呟いて、叶はリビングを出て廊下を戻った。脇の扉を開けて中を覗くと、そこはがらんとした洋室で、右側にはウォークインクローゼットがしつらえられている。反対側の隅にはスタンド式の姿見が置いてあった。

 中に入ってクローゼットを開けると、ブランド物のスーツやコート、バスローブ等がひしめいていた。微かに防虫剤の匂いがただよい、叶は顔をしかめた。

「けっ、いい趣味してやがる」

 吐き捨てながら大量の服をかき分けていた叶の目を、一着の服が引いた。それは、高級感とは全く無縁の、ハイビスカス柄のアロハシャツだった。叶はハンガーごと取り出して、眉間に皺を寄せて眺めた。

「どんなコーディネートだよ」

 またも悪態を吐いて、叶はアロハシャツを掛け直そうとした。その時、シャツの何処かから微かに乾いた音がした。

「ん?」

 叶の眉間の皺が、深くなった。

 アロハシャツをハンガーから外し、床に置いて丹念に調べる。壁の窓は小さめで、昼間にも関わらず光量が少ないので、叶は扉の脇のスイッチを押して照明を点けた。

 床に座り込み、アロハシャツを隅から隅まで丁寧に触って確認すると、裾の折り返し部分に硬い感触があった。親指と人差し指でつまむと、錠剤の様な形をしているのが判った。更に詳しく探ると、同じ形状の物が複数ふくすう確認できた。

「何だ?」

 叶はアロハシャツを持って立ち上がり、部屋を出て別の扉を開けた。


《続く》


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