友情遊戯 #18

 コーヒーカップをソーサーに戻して、叶は頭を垂れた。

 何故急に、あの武藤と名乗った、恐らくはヤクザの組長であろう男が梶山を殺した犯人を探せとねじ込んで来たのか?

 武藤と梶山は、果たしてどういう関係なのか?

 大体、何故武藤はオレの所に依頼をしに来たのか?

 現時点で、不可解な事だらけだった。

 叶は顔を上げて、武藤が鍵と共に置いて行った紙片を再び見た。その住所は、この事務所からは大分離れている。

「……仕方ねぇ。おどしに屈した感じで気に入らねぇが、ともかく行ってみるか」

 独りごちて立ち上がった叶だが、ふと何かを思い出したのか、動きを止めて目を泳がせた。

「待てよ」

 呟くなり、叶は通りに面した窓の側へ駆け寄り、窓枠の外に隠れる様に背中を壁に着け、横目でそっと外を観察した。

「やっぱりな」

 叶の目が、事務所から数メートル離れた車道上に停められた、黒塗りのメルセデスを見つけた。その傍らに、武藤が事務所を訪れた時に同行していたチンピラの片割れが立って、煙草を吸いながらこちらを窺っていた。

 舌打ちした叶は、窓から見えない様に慎重にデスクへ行き、車のキーを取り出しながらスマートフォンを操作して愛美あてにメールを打った。

 数分待って、愛美からの返信を確認すると今度はファックス付き電話機の受話器を取り上げて電話をかけ始めた。相手は『レストラン&バー WINDY』のマスター、風間荘助かざまそうすけである。

 数回のコール後、電話がつながった。

『はい、WINDYです』

 出たのはウェイトレスの女性だった。叶が風間を電話に出してくれる様に頼むと、ウェイトレスの『少々お待ちください』という声の十数秒後、風間の声が聞こえた。

『叶か、何だ? こっちはいそがしいんだぞ』

 ややとげのある風間の口調を受けて、叶が壁の時計を見ると、午前十一時を過ぎていた。確かに、ランチタイムに向けて忙しくなる頃合いだ。

「すみません、風さん。ちょっと頼みがありまして」

 叶は、見える訳も無いのに深々と頭を下げつつ言った。その態度が伝わったのかは判らないが、風間は少しだけ声のトーンを落とした。

『頼み? 何だ、言ってみな』

「あの、今日の何時になるかは判りませんけど、根岸愛美という女性がオレ宛ての届け物を持ってそちらにうかがいますから、受け取ってもらえませんか?」

『何だそりゃ? 直にもらえばいいだろ』

 風間は至極しごく当然な疑問を述べたが、叶は苦虫を噛み潰した様な表情で返した。

「それが、今詳しくは言えないんスけど、直接会うのはヤバいんスよ」

 すると、電話の向こうの風間が数秒黙り込んだ。叶も余計な口を挟まずに待つ。

 やがて、風間が息を吐いてから答えた。

『判った、ねぎしまなみさん、だな。受け取っておくから、後で必ず説明しろよ』

「ありがとうございます。ついでに訊きたい事も二、三あるんでよろしく」

『へっ、そんなこったろうと思ったよ。じゃあ後でな』

 風間が電話を切ると、叶はまた深々と頭を下げて受話器を置き、大きく息を吐いた。

「さて、と」

 叶は二客のコーヒーカップを持って事務所を出ると、『喫茶 カメリア』にカップを返し、心配する桃子を宥めてから外に出て、見張り役のチンピラの方に歩み寄って告げた。

「オイ、これから梶山って奴の家に行くんだが、乗せてくれねぇか?」

 すると、チンピラは叶を睨みつけて答えた。

「あ? ふざけんな、おれはおめぇの運転手じゃねぇ。自分の車使え」

「あっそ」

 叶はあっさり引き下がって、月極駐車場へ向かった。途中で道端みちばたのカーブミラーを使って後ろを確認すると、チンピラがメルセデスの運転席に身体を滑り込ませていた。叶はそれほど気にせず、駐車場に入ってバンデン・プラに乗り込み、エンジンをかけた。


《続く》

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