友情遊戯 #17

「何?」

 叶が訊くと、武藤は煙草をもう一本取り出して咥え、火を点けてから答えた。

「この男、梶山というんだが、昨日の夜に殺されたそうで、その犯人を探して欲しい。それが俺の依頼だ」

「そりゃ頼む所が違うぜ。殺人犯を探すのは警察の仕事だ」

 大仰おおぎょうに両手を広げてソファの背もたれに上半身を預けながら叶が言うと、武藤は前屈まえかがみになって叶を見据みすえて返す。

「だから、サツより先に見つけてくれって話だ」

「ほぉ、それじゃ何か、その梶山とかいう奴の復讐ふくしゅうするから、オレにその片棒をかつげと」

「復讐? そんなんじゃねぇよ」

 鼻で笑う武藤に、叶は怪訝そうな顔で問いかけた。

「だったら何だ? まさか自首でも勧めるつもりか?」

「いや、ただ落とし前をつけさせるだけだ」

 答えた武藤は、煙草を深く吸って多量の主流煙を吐き出すと、コーヒーをひと口啜って言葉を続けた。

「梶山は、俺達の重要なビジネスパートナーでな、こいつが居ないと俺達の大事な収入源が無くなっちまうんだよ。だから、犯人にはその落とし前をキッチリつけてもらわないと、俺達の気が済まねぇんだ」

 叶は二、三度頷くと、自らもコーヒーを飲んでから尋ねた。

「まぁ事情は何となく判ったが、ただ写真一枚渡されただけで探せと言われたって、いくら何でも手掛かりが無さ過ぎだぜ。こちとらお巡りみてぇには行かねぇんだからよ」

 すると武藤は軽く頷いてから、上着のポケットに手を入れて紙片を取り出し、テーブルに放った。落ちた時に、何故か金属音がした。

「梶山のヤサの住所だ、合鍵あいかぎも用意した。何でそんなもんがあるかは訊かねぇ方が身の為だ」

 脳裏に浮かんだ疑問の機先を制された叶は、開きかけた口を閉ざして紙片を取り上げた。開いてみると、確かに鍵が挟み込まれている。

 武藤は上半身を起こして煙を天井目がけて吹き出し、吸いさしを携帯用吸い殻入れに押し込んで立ち上がった。

「じゃ、頼んだぜ」

「オ、オイちょっと待て、報酬ほうしゅうの話がまだ――」

 慌てて引き止めかけた叶をめつけて、武藤がドスの効いた声で言い放った。

「タイムリミットは明日の夜十時。それまでに見つけられなかったら、お前のタマァ取るだけだ」

「なっ」

 抗弁しかけた叶を無視して玄関に向かった武藤は、一瞬麻美の写真を見て眉間に皺を寄せたが、すぐに扉を開いて外へ出た。その間、叶はその場に立ち尽くして見送るのみだった。

 階段を下りる足音が聞こえなくなった所で、叶は大きく息を吐いてソファに尻を落とした。いつの間にか、背中に大汗をかいていた。

 表情や態度には出さない様にしてはいたものの、武藤が所持していた拳銃が、叶に極度の緊張をいていた。

 今までに、所謂いわゆる反社会的勢力に属する人間と相対した事は何度かあったが、拳銃を持つ相手と至近距離で向かい合ったのは、今回が初めてだった。

 叶はひたいにもにじみ出した汗を拳で拭いつつ、紙片に書かれた住所を確認して残りのコーヒーを飲み干した。


《続く》



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