友情遊戯 #15

 半開きの扉を閉めた松木は、心底しんそこ残念そうな顔で叶に告げた。

釈放しゃくほうだ」

「何?」

 叶より先に反応した小泉が、素早く椅子から腰を上げて取調室を出た。その後ろ姿を訝しげに見送ってから、叶は松木を見据えつつゆっくり立ち上がった。

「何が任意同行だよ、完全に容疑者扱いだったじゃねぇか」

「うるさい、さっさと帰れよクソ探偵!」

 松木の暴言ぼうげんを笑顔で受け流して、叶は取調室を出た。そのすぐそばで、小泉がもうひとりのスーツ姿の男と何やら話していた。その正体に気づいて、叶がまた表情を歪めた。小泉と話しているのは、叶と浅からぬ因縁いんねんを持つ警視庁捜査一課の石橋大介いしばしだいすけ刑事だった。

「おぉ叶君、すまなかったね」

 叶に気づいた石橋が声をかけた直後、小泉が叶を一瞥してその場を離れた。叶は小泉を気にしながら、石橋に近寄った。

「何でこうもアンタに会うんだ? こっちは顔も見たくねぇってのに」

「仕方ない、自分も仕事だからね」

 当たりさわりの無い返答にかぶりを振って、叶は更に訊いた。

「で、ほぼ容疑者だったオレが何で急に解放されたんだ?」

「ああ、今度のヤマでは、自分は地取じどり担当で、現場周辺の防犯カメラの映像を集めてチェックしていて、そこで君も見つけたんだけど、よくよく調べてみたら、被害者の死亡推定時刻しぼうすいていじこくと君が公園に来た時間が合わなくてね」

 当然だ、と思うと同時に、叶は自身が全く意識していなかった防犯カメラの存在と、その映像を詳細しょうさいに分析した警察の捜査力に、改めて舌を巻いた。

「さっきも小泉ってデカに言ったが、オレが見つけた時にはもう死んでたからな。で、死亡推定時刻は何時頃なんだ?」

 叶の質問に、石橋は少し考えてから答えた。

「まぁ、このくらいはいいか。鑑識によれば、午後九時から十時の間だそうだ」

 叶の脳裏に、吉鷹から電話がかかって来た時間が過り、同時に良くない想像が働いた。

「どうした?」

 突然の沈黙を訝しんだ石橋の呼びかけに、叶は我に返った。

「いや、何でもねぇ」

 曖昧にその場を取り繕うと、叶は石橋の脇を抜けて歩き出した。後ろから石橋が「あ、送るよ」と声をかけたが、叶は右手を挙げて左右に振りながら返した。

「断る、これ以上アンタに借りを作りたくねぇからな」

 だが石橋は叶に駆け寄り、身を屈めて小声で告げた。

「小泉さんには気をつけた方がいい」

「何?」

 叶が思わず足を止めて訊き返すと、石橋は一度周囲を見回してから答えた。

「自分は、小泉さんとは所轄の組対そたいで一緒になった事があってね、あの人はマル暴が長くて、実力は確かなんだけど目的の為には手段を選ばない所があって、それで度々たびたび問題になってるんだ。今本庁の組対に居るのは、やり過ぎない様に監視かんしする為だってうわさもある」

「だから何だ?」

「小泉さんは、まだ君が事件に関係してると思ってるみたいだから、今後何か仕掛けて来るかも知れないよ」

「ご忠告どうも。じゃあな」

 叶は慇懃いんぎんに頭を下げて、石橋に背を向けて再び歩き出した。


 池中署を出た叶は、タクシーを拾って事務所へ戻った。腕時計に目を落とすと、既に午前十時近かった。ロードワーク用のジャージ姿からいつものスーツに着替えて、事務所を出て階段を下り、『喫茶 カメリア』に入った。

「あぁ~ともち~ん! 良かったぁ~心配したのよ~!」

 入って来た叶に、ピンクのメイド服に身を固めた桃子が駆け寄って来た。

「おっ、ど、どうしたのママ、じゃなくて桃ちゃん?」

 いつも座る店内奥のカウンター席へ歩を進めながら叶が尋ねると、桃子は眉を八の字にして答えた。

「だぁってぇ~、あたしが外のお掃除しようと思ったら、ともちんが怖そうな髭のおじさんと一緒にパトカーに乗ってどっか行っちゃったから、あたしもうビックリしちゃってぇ~、遂にともちんが何かやらかしちゃったのかと思って~」

「遂にって、まぁでも、心配かけてごめんな、桃ちゃん」

 苦笑しながらスツールに腰を下ろした叶に、桃子がカウンターから水の入ったグラスを取って差し出しつつ笑顔でたずねた。

「で、ご注文は? サンドイッチ盛り合わせでいい?」

「いや、カレーライス」

 叶の答に、桃子が顔を強張こわばらせた。

「依頼があったんだ……もしかしてこの間の幼馴染み?」

 水を受け取って飲もうとした叶が、思わず水をこぼしそうになった。その反応を見た桃子が、目を細めて数回頷いた。

「あら~図星ずぼしね~ともち~ん、ダメよぉ依頼にかこつけて焼けぼっくいに火つける様な事しちゃ」

「いや、だからそういうんじゃなかったから」

 慌てて叶が否定するが、桃子は聞く耳を持たずにカウンターの奥へ引っ込んでしまった。

「参ったな」

 苦笑して独りごちると、叶は改めて水をひと口啜った。


《続く》

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