友情遊戯 #13

 それから叶は、取り敢えずバンデン・プラで走り出してみたものの、行くあても思いつかぬままいたずらにガソリンを消費するのみだった。

 気づけば午後十時を過ぎていた。叶は闇雲な捜索に見切りをつけて、一旦事務所に戻る事にした。途中で小腹が空いたので通りかかったコンビニに寄って軽食を購入し、運転席に戻った時に、上着のポケットでスマートフォンが震動した。

「ん? 誰だ、愛美か?」

 独りごちてスマートフォンを取り出すと、画面には「公衆電話こうしゅうでんわ」と表記されていた。普段なら相手の判らない着信は無視する叶だったが、今回は妙な胸騒むなさわぎを覚えて電話に出た。

「ハイ、叶です」

『おぉ叶! 俺だ、幸雄だ!』

 叶の応答に食い気味でまくし立てたその声は、間違いなく吉鷹のそれだった。叶は瞠目して返した。

「オ、オイ幸雄! オマエ今何処にい――」

『助けてくれ叶! 頼む!』

 吉鷹は叶に喋る間を与えずに畳みかけた。叶は動揺を深めつつ、声を強く張って言い返した。

「落ち着け! 何があった!? 今何処に居るんだ!?」

『あ、や、山西公園やまにしこうえんの近くの、で、電話ボックス、と、とにかく助けてくれ!』

 答える吉鷹の口調くちょうにただならぬものを感じた叶は、エンジンをかけながら吉鷹に呼びかけた。

「判った! すぐ行くから、そこ動くなよ!」

 言い終わる前に、通話が切れた。叶は慌ててシートベルトを着けると、スマートフォンの地図アプリに『山西公園』と入力して場所を検索した。表示された位置は、叶の現在地からも、『桜川病院』からも離れていた。

「アイツ、何でこんな所に!?」

 独りごちながら、叶はバンデン・プラを急発進させた。


 十分程走って、叶は『山西公園』に到着した。正面入口で停まってハザードランプを点灯させ、周囲を見回すが駐車場は見当たらない。叶は舌打ちして車を動かし、公園の周辺を走って何とかコインパーキングを見つけ、車を滑り込ませた。

「幸雄のやつ、まだ居るだろうな?」

 叶はシートベルトを外して運転席を出て、ドアをロックして公園の方へ走った。

 公園の正面入口に差し掛かった所で一旦足を止め、首を回して電話ボックスを探した。表通りには見当たらなかったので再び走り出し、横道に入ると五メートルほど先に屹立きつりつしている電話ボックスを見つけた。駆け寄ってみたが、中に吉鷹の姿は無かった。

「動くなって言ったろ」

 苦虫にがむしつぶした様な顔で呟くと、叶は目の前に小さく開いた入口を通って、公園の中に足を踏み入れた。

「オイ、幸雄?」

 遠慮えんりょがちに呼びかけながら、叶は歩を進めた。まだらに生えた芝生と間隔かんかくを空けて植えられた樹木の中を、少ない照明の光を頼りに目をらしながら進むと、やがて視界が開けて石畳の広場に出た。中央には、円形に組まれたレンガの中に大量の水をたたえた人工池が鎮座ちんざしていた。恐らく、内部に噴水設備ふんすいせつびが仕込んであるのだろう。反対側には、扇形おうぎがたに階段があり、その上にはいくつかテーブルセットと、売店らしき小屋が設置せっちされている。当然ながら、小屋にあかりはいておらず、人の気配も無い。

 叶が池の縁に沿って時計回りに進むと、半円を描いた辺りで倒れている人影を見つけた。

「幸雄か?」

 驚いた叶が人影に走り寄った。かがみ込んで確認すると、幸か不幸か吉鷹ではなかった。一瞬安堵したが、倒れている人の様子を見て、叶の身体に緊張感が走った。

 倒れているのは男性で、灰色のジャケットに黒のスラックス、茶色の革靴かわぐつというで立ちで、身体の右側を下にして横臥おうがしていた。左頬はやや赤みを帯びていて、頭の下から血液が流れ出していた。頭から近い位置のレンガのかどに、僅かに血痕けっこんが付着している。叶が手の甲を首筋に当てたが、脈は感じなかった。

「死んでる……ん? この男、どっかで」

 死者の顔に引っ掛かりを覚えた叶が、改めてその人相にんそうを観察した。数秒後、叶の記憶が呼び覚まされた。

「あ! あの時のチンピラか」

 叶が首の治療を終えた日に、『桜川病院』で吉鷹ともうひとりの医師らしき男性と揉めていた、とても堅気とは思えない風体の男の顔と、目の前の死体の人相が一致した。

「まさか……」

 立ち上がった叶の顔に、焦燥感しょうそうかんが浮かんだ。脳内のうないいた疑念ぎねんを振り払う様に、叶は周囲を見回した。だが吉鷹どころか、人影ひとつ見えない。

 そこに、遠くからパトカーのサイレン音が聞こえて来た。しかも、急速にこちらに近づいている。叶は足元の死体に向かって素早く合掌がっしょうすると、サイレン音から遠ざかる様に公園を走り出た。途中でデート中のカップルに接触せっしょくしかけ、おざなりに謝罪してバンデン・プラへ向かった。数分後、公園の中から女性の悲鳴ひめいが聞こえた。


《続く》

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