友情遊戯 #10

 漸く首のコルセットから開放された叶を、事故の加害者かがいしゃが所属する『(株)タニモト』の顧問弁護士こもんべんごしとの示談交渉じだんこうしょうが待っていた。加害者本人は意識は戻ったものの未だ入院中らしく、弁護士によれば全治二ヶ月だそうだ。

 既に警察の実況検分じっきょうけんぶんは済んでいて、叶に非が無い事は明らかになっていたので、弁護士側もかなり叶に有利な条件を提示して来た。叶としては、自分の怪我よりも後部が大きく破損はそんした愛車バンデン・プラの修理費しゅうりひの方が重要だったが、弁護士側から全額負担ぜんがくふたんを申し出たので満足行く結果を得られた。

「じゃ、そういう事でよろしくどうぞ」

 叶は予め修理工場から貰っていた修理見積書みつもりしょのコピーを弁護士に手渡して会釈した。

うけたまわりました。どうもこのたびは大変ご迷惑をおかけしました」

 弁護士は最敬礼さいけいれいしてコピーを受け取り、事務所を後にした。

「ふぅ、さてと」

 安堵の溜息を吐いた叶が時計を見上げると、午後五時四十分を差していた。

「よし、そろそろ行くか」

 独りごちた叶は、ソファに置いたスポーツバッグを持ち上げて事務所を出た。

 車が無いので路線ろせんバスを使い、叶は約二週間ぶりに『熊谷ボクシングジム』にやって来た。妙な懐かしさを覚えつつ中に入ると、近くに居た何人かの練習生が叶に気づいて挨拶をするが、どうも様子がおかしい。彼等の叶を見る目が笑っている様に見えるのだ。

 怪訝けげんそうな顔で首を傾げながら更衣室こういしつへ向かう叶に、パンチングボールをたたいていたプロボクサーの片岡護かたおかまもるが声をかけた。

「あー叶さん! お久しぶりッス!」

 近寄った片岡も何故なぜかニヤけている。

「何だオマエ、気持ち悪いな」

「いやいや叶さん、何でもっと早く来てくれなかったンスかぁ~? 生で見たくて仕方なかったンスから俺~」

 笑顔で告げる片岡に、叶は更に表情をけわしくした。

「生で? 何の事だ?」

「えぇ? これッスよぉ~」

 叶の質問に、片岡はハーフパンツのポケットからスマートフォンを取り出して操作し、画面を叶に示した。映し出された画像を見て、叶は思わず声を上げた。

「あ!」

 それは、首をコルセットでガッチリ固定されて不機嫌そうな叶の姿だった。画像が掲載けいさいされているのは、短文でのやり取りが主体のメッセージアプリで、よく見ると画像のすぐ下に『親指www』と書かれている。

 叶は顔を真っ赤にして片岡の手からスマートフォンをひったくり、ジム内を見回して目当ての人物を見つけ、猛然もうぜんと走り寄った。

「オイ玲奈! オマエだなコレやったの!?」

 それまで鏡に向かってシャドーボクシングをしていた玲奈は、画像を一瞥して事もなげに言った。

「あぁそれ? 良く撮れてるでしょ~、 皆大ウケ」

 玲奈の言葉で、叶は練習生達の反応の理由を悟った。スマートフォンを片岡に向かって放り投げると、呆れ顔で言った。

「ったく、オマエのせいでとんだはじさらしだぜ」

「そんな事無いよ~、皆言ってたよ、アニキ可愛いって。良かったね」

 シャドーを続けながら玲奈がフォローするが、叶には何のなぐさめにもならなかった。叶はかぶりを振って、のろい足取りで更衣室へ向かった。


《続く》



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