友情遊戯 #9

 中身の無くなったラーメン丼と皿に向かって手を合わせた叶は、傍らの水をひと息で飲み干した。

「オマエのプレゼンはともかく、味は良かった」

「だろ。んじゃ行くか」

 気を良くした西条が煙草を灰皿に押し付けて立ち上がった所へ、瞳が寄って来て訊いた。

「お勘定かんじょうは?」

 だが西条は機嫌良さそうな笑顔のまま、瞳の前を無言で通り過ぎようとした。たまらず瞳が腕を掴んで抗議する。

「ちょっと! 今日もツケ?」

「おいおい、勘弁してくださいよ西条さん」

 カウンターの中から店主も呼応する。そこへ、叶が素早く千円札を二枚取り出して、瞳の目の前に差し出した。

「ごちそうさん。美味かったよ」

「あ、ありがとうございます! えっと」

 突然の現金支払いに目を輝かせた瞳が、テーブルに伏せた伝票を確認しようとするが、叶は微笑しつつ制止して告げる。

「いいよ。取っといて」

「い、いいんですか?」

 瞳が目を真ん丸にして叶を見返す。叶は先日も似た様な事をしたと思い出しながら、困惑している西条を尻目に、カウンター越しに店主に会釈して店を出た。慌てて西条が後を追う。

「何か悪いな」

 横に並びかけた西条が言うと、叶は横目で一瞥いちべつをくれてから返した。

「オマエと同類と思われたくなかっただけだ。恩に着るなよ、この後のタクシー代がわりとでも思っといてくれ」

「はいはいっ」

 おどけて返事した西条が、叶の前に出てアルファロメオに飛び乗り、エンジンをかけた。叶は助手席のドアを開けて乗り込む。

「じゃ、叶探偵事務所かのうたんていじむしょまで参りまーす」

 わざとらしく宣言すると、西条は上着のポケットからサングラスを取り出してかけつつアルファロメオを発進させた。


 事務所の前で停まったアルファロメオから、叶がゆっくりと降りた。

「サンキュー。交通費が浮いた」

「どぉいたしまして。その代わりって訳でもねぇけど、くれぐれも己の邪魔はしないでくれよな、ともちん」

 西条にくぎを刺された叶は、軽く肩をすくめてから言った。

「オレは探偵。何が言いたいか判るか?」

「……何となく」

 思案顔しあんがおで答えた西条に手を振り、西条は階段を上って事務所に戻った。出入口の前で振り返ると、アルファロメオが重厚じゅうこうなエンジン音をひびかせて遠ざかった。


 事務所に入り、給湯室きゅうとうしつの冷蔵庫からミネラルウォーターのペットボトルを取り出してラッパ飲みした叶は、ペットボトルを持ったまま冷蔵庫を閉めて給湯室を出て、デスクの引き出しからノートパソコンを出して立ち上げた。水をもうひと口飲んで脇に置き、立ち上がったパソコンを操作してポータルサイトを開き、検索エンジンに『病院 名誉教授』と入力し、少し考えてから検索語句けんさくごくに『吉鷹』と書き足して検索をかけた。その結果、『吉鷹泰徳』という名前に行き当たった。

 吉鷹泰徳よしたかやすのりについて更に検索すると、かつては國料大学医学部で教授を、附属病院では外科部長をそれぞれ務めたとあり、後に大学を離れて隣県で『医療法人泰生会たいせいかい 吉鷹病院』を設立している。西条の話の内容とほぼ合致する情報だった。そして、例の医療ミスを犯した新米医師が吉鷹幸雄だという状況証拠も、同時に得られた格好だ。だがその吉鷹泰徳は、半年前に亡くなっていた。

「幸雄……」

 叶は独りごち、水をあおった。


《続く》

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