友情遊戯 #8

 チャーシューメンを味わう叶の視界のはしに、横長の皿に乗った六個の餃子が入って来た。

「お待たせしました、餃子と、半チャーハンで~す」

「おぉ、サンキュー」

 運んで来た瞳に礼を言った西条の丼には、もう殆ど麺も具も残っていなかった。

「オマエ、随分速いな食うの」

 叶がなかば呆れ気味に言うと、西条はレンゲを半チャーハンに突っ込みながら応えた。

「記者やってた頃にさ、先輩から散々言われたんだよ、メシは速く食えって。食い物なんて味わってる暇があったらネタ探せって、もぉ毎日せっつかれてさ、そしたらいつの間にか速メシんなっちまった」

 叶は無言で頷き、テーブルの端に積まれた数枚の小皿に手を伸ばし、一枚取って餃子の側に置いた。その間に、西条は勢い良く半チャーハンをかき込む。

「酢で食うと美味いよ」

 西条が叶に餃子の食べ方をアドバイスするが、叶は醤油瓶を掴んだ。

「オレはオーソドックスなのが好きなの。それより続きだ」

 話の続きを促す叶に、西条は右てのひらを見せて待つ様に合図し、口の中の物を咀嚼して水で流し込んでから漸く口を開いた。

「あー、それで、その新米外科医な、その病院の元名誉教授めいよきょうじゅの孫なんだと」

「ほぉ、爺さんの圧力か」

「それもだけど、病院側の忖度そんたくもあったみたいだぜ、その爺さんが経営してる病院に面倒臭い患者を受け入れてもらったりしてるそうだからな」

「フン、持ちつ持たれつって事か」

 吐き捨てると、叶は麺を啜ってから餃子に箸をつけた。西条は水をもうひと口飲んでから話を続ける。

「まぁそれはともかく、その新米は周囲を先輩医師に固められて執刀しっとうした訳なんだがー、そこでやらかしちまった」

勿体もったいつけんな」

「へいへい、手術そのものは問題無かったらしいんだがその新米、緊張で手元が狂ったのか何なのか、肺に傷をつけちまって、しかもそれに気づかずに人工心肺を止めちまった」

「そりゃマズいな」

 叶が思わず上目遣いで西条を見た。何故か得意げな笑顔を作って頷いた西条が、瞳に水のおかわりを要求しつつ続けた。

気胸ききょうって言うらしいんだけどな、それに気づいた新米も、周りに居た先輩連中も大慌てで処置しようとしたんだが、あえなく患者はご臨終りんじゅう

「死んだのか?」

 叶の問いに、西条はゆっくり頷いて二杯目の水に口をつけた。

「まぁここまでだったら単なる医療ミスで済んじまうんだが、この話にはまだ続きがある」

「だから勿体つけるなっての」

 叶が餃子を頬張ほおばりながら苛立ちを露わにした。だが西条はどこ吹く風とばかりに煙草を取り出す。

「まぁまぁ、それで病院側は当初、死んだ患者の遺族いぞくに正直に説明した上で穏便おんびんに事を収めようとした。だがそこで例の爺さんの横槍よこやりが入った」

 西条がわざとらしく言葉を切って叶を見ると、叶は責める様な眼差しで見返した。その眼力がんりき気圧けおされたのか、西条は愛想笑いと共に話を続けた。

「爺さんは、『孫の経歴に傷をつける訳にはいかん』とか何とか文句をつけた挙げ句に、勝手に遺族と接触して強引に説得し、しまいには大金積んで黙らせたんだと」

隠蔽いんぺいか」

「ああ」

 叶の指摘を認めた西条は、ライターで煙草に火を点けて主流煙しゅりゅうえんを天井に向けて吐き出した。

面子めんつを潰された病院側は、新米に最低限の責任を取らせる事だけは爺さんに認めさせて、系列の『桜川病院』に飛ばした、と」

「なるほど。オマエの狙いはその隠蔽か」

「あったり前よ、でなきゃ医療関係なんて畑違いもいいトコだぜ」

 妙に自慢げな西条を一瞥してから、叶はチャーシューメンのスープを飲み干し、残りひとつの餃子を口に運んだ。


《続く》

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る