友情遊戯 #7

 西条に連れられて叶が入ったのは、『近藤家こんどうや』という屋号をかかげたラーメン屋だった。外観も内装も、それなりに年季ねんきが入っている様に見える。店内には七、八人の客が居て、思い思いに食事を楽しんでいた。

 先に立って進む西条は、カウンターの中でめんでている店主らしき初老の男に、笑顔で声をかけた。

「おやっさん、元気?」

「おー西条さんか、今日はキチンとお代払ってくれるのかい?」

 店主の切り返しに苦笑しながら、西条は店の奥のテーブル席に取り付き、先に椅子を引いて腰を下ろした。叶は軽くかぶりを振って、西条の対面に座った。

随分洒落ずいぶんしゃれた店だな」

 叶が皮肉を込めて言うと、西条は笑顔で返した。

「まぁ店構えはこんなんだけどさ、味は保証するぜ」

 そこへ、若い女性の従業員が水の入ったグラスをふたつテーブルに置きながら、西条に抗弁した。

「何よこんなんって!? 嫌なら来なくて結構けっこうよ」

「いや、めてんじゃんか! 今度メシ奢るから許してよひとみちゃん」

 西条が慌ててフォローするが、瞳は無視して仕事着のポケットから伝票とペンを取り出し、叶に向かって訊いた。

「何になさいますか?」

 叶は店内を見回し、カウンターの上にメニューが書かれているのを見つけて、ひと通り見てから瞳に告げた。

「えっと、チャーシューメンと、餃子ぎょうざ

「かしこまりました」

「あ、己は――」

「半チャンセットですね~」

 口をはさみかけた西条をさえぎって伝票に書きつけると、叶に「ごゆっくりどうぞ」と声をかけて踵を返した。

「チェッ、つれねぇな」

 悪態を吐きながら煙草を咥える西条に、叶が問いかけた。

「で、医療ミスってのは何なんだ?」

「まぁそう慌てんなよ、まずはメシ食おうぜ」

 気楽な調子で返してライターを取り出した西条の口から煙草を奪い、叶は小声ながらも強い口調で詰め寄った。

「いいから話せ、オレはオマエほどひまじゃないんだ」

「んだよせっかちだな、判ったよ」

 呆れ顔で言ってから、西条は水をひと口飲んで話し始めた。

一昨年おととし、ある大学病院で心臓手術が行われた。患者は四十七歳の男性で、弁膜症べんまくしょうとか言う病気だったらしい」

「曖昧な言い方だなオイ」

 叶の指摘に、西条は口をとがらせた。

「仕方ねぇだろこちとら門外漢もんがいかんなんだからよ。ホンット、医療関係は専門用語が多くて困るぜ」

 西条のボヤきを聞き流して水を飲み、叶は目で先をうながした。

「まぁそれで、病状が良くないってんで手術する事になった訳だ。で、その手術を担当したのが研修を終えたばっかりの新米医師だった」

「新米? そんな簡単な手術だったのか?」

「手術の難易度なんいどなんか知るかよ、ただその新米が抜擢ばってきされたのには裏がある」

「裏?」

 叶が訊き返した所へ、瞳がラーメンどんぶりをふたつ運んで来た。

「お待たせしました、チャーシューメンとラーメンです。半チャーハンと餃子、もう少しお待ちくださいね」

 話の腰を折るタイミングでやって来たチャーシューメンに困った様な視線を向ける叶に対し、西条は顔をほころばせてテーブルの端に立つはし立てから割り箸を一膳いちぜん抜いて素早く割り、勢い良く麺に突き刺した。

「待ってました、いただきます」

 盛大に音を立てて麺をすすり始めた西条を見て、叶は小さく溜息を吐いてから丼のふちに掛かったレンゲを取ってスープをすくい、ひと口飲んだ。直後、叶の目が少し見開かれた。

「……美味うまいな」

「だろ?」

 叶の感想を耳ざとく聞きつけた西条が、麺を咀嚼そしゃくしながら言った。叶は無言で頷き、割り箸を取って食べ始めた。


《続く》



 

 

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