友情遊戯 #5

 同級生からの突然の発表に、叶は度肝どぎもを抜かれて目を泳がせた。脳内で必死に過去の記憶を辿り、何とか吉鷹と愛美の自宅が近かった事を思い出した。だがそれだけでは、現在の交際を裏付ける理由としては弱い。

 叶の動揺どうようを感じ取った愛美が、微笑混じりに補足ほそくした。

「幸雄とは、昔家が近所だったし、通ってた塾も一緒だったけど、付き合い始めたきっかけは、大学で再会したからなの」

「大学?」

「うん、國料大こくりょうだい。私は理学部の情報科学科で、彼は医学部。入学してひと月くらい経った頃に学食で偶然会ってね、最初は昔話で盛り上がってたりしたんだけど、その内に……ね」

「なるほど。それにしても、昨夜の話なのにもう知ってるとは、まさか――」

 納得した叶が新たな疑問を口にしかけた時、愛美が遮った。

「いや、違うの。今勤めてる病院ね、私の家の方が彼の家より近いのよ。だから、当直明けは決まってうちに来るのよ」

 愛美の釈明しゃくめいに頷く叶の前に、桃子がナポリタンを運んで来た。

「ハ~イお待たせともちん! たくさん食べてねっ! あ、その首じゃ食べ辛いでしょ~? 食べさせてあげよっか?」

 フォークを取り上げて微笑む桃子に、叶は苦笑を向けて応えた。

「いや、大丈夫。自分で食えるから」

「あらそ~ぉ? じゃ、ごゆっくり~」

 提案を断られた桃子は、持っていたフォークを叶の右手にねじ込んで、つまらなそうな顔で立ち去った。愛美が桃子の後ろ姿を見送りながら、叶に訊ねた。

「あの人、いつもあんな調子なの?」

「あ、あぁ。何か妙に気に入られちゃってな。元アイドルらしいんだけどさ、調子狂うよ」

「え? 元アイドル?」

 今度は愛美が驚く番だった。叶は不自由な首で軽く頷いて続けた。

「あぁ、ただ本人に訊いても答えてくれないんだよ。マスターも話したがらないし」

「え? マスターって?」

 瞠目した愛美が、更に質問する。叶は桃子が去ったカウンター裏を指差して言った。

「いつもあっちのキッチンに居るんだけど、桃ちゃんの旦那だんなさん」

「え? 結婚してるの?」

 愛美の目が更に大きく見開かれた。その驚きぶりを楽しむ様に見ながら、叶はナポリタンの皿を顔の高さまで持ち上げてフォークを刺した。

 それからふたりは、小学校と中学校の頃の思い出話に花を咲かせた。叶はナポリタンを完食してコーヒーをもう一杯頼み、愛美もコーヒーをおかわりした。


 盛り上がるふたりの傍らに、あからさまな営業スマイルを浮かべた桃子が寄って来て、えらくねばり気のある口調で告げた。

「ともち~ん、お楽しみの所申し訳ないんだけどぉ~、もうすぐ閉店なのぉ~」

「えっ?」

 指摘を受けた叶がカウンター上の時計に目を移すと、午後二十時五十五分を差していた。

「あぁ、ごめん桃ちゃん」

 叶は慌てて立ち上がると、ポケットから財布を取り出して千円札を二枚抜き、桃子に手渡した。

「彼女の分も。つりは要らないよ」

 叶の言葉に、桃子は意地悪そうな微笑を作った。

「まぁ! 幼馴染おさななじみの前で無理しちゃって」

「そんなんじゃないよ」

 笑顔で否定する叶をからかう様に見つめながら、桃子は札をひらひらさせて言った。

「毎度ありがとぉございまぁ~す」

「ねぇ、私コーヒー代出すよ」

「いいよ。わざわざ会いに来てくれたお礼だよ」

 愛美の申し出を断った叶は、出入口の扉を開けて愛美を促した。「ありがとう」と言って外へ出ようとした愛美の目が、脇に貼られたチラシを捉えた。

 外へ出た愛美に、叶が問いかけた。

「そう言えば、オマエ今何やってんだ?」

「私? あぁ、私は今ここにつとめてるの」

 愛美は肩に掛けたトートバッグの中から名刺入れを取り出し、名刺を一枚出して叶に示した。叶が受け取って見ると、『株式会社レッド・コーポレーション 営業部 営業企画課』と記載されていた。『レッド・コーポレーション』は、スマートフォン用アプリケーションの開発や、ソーシャルゲームの運営を手掛けるIT企業である。

「へぇ。結構良い所だな」

「まぁね。本当は、プログラマーの方に行きたかったんだけど、競争率が高くて入れなかったんだ」

「そうか、大変だな」

「うん、でもまぁ、何とかやってる」

 微笑を作って応える愛美に、叶も微笑を返す。

「じゃあ、帰るね。コーヒーごちそうさま」

「気にすんなって。幸雄によろしくな」

 互いに挨拶あいさつを交わした後で、愛美が表情を曇らせて告げた。

「麻美ちゃん、見つかるといいね」

「……ああ」


 離れて行く愛美の後ろ姿を見送る叶の脇腹を、いつの間にか外に出て来ていた桃子がつついた。

「ともちん、鼻の下伸びてる」

「勘弁してよ」


《続く》


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