友情遊戯 #4

 翌日の午後、叶は再び『桜川病院』を訪れ、整形外科外来で首の診察を受けた。レントゲン撮影も行った結果、幸い骨に異常は無かった。だが最低二週間の安静あんせいを告げられ、コルセットも引き続き装着する事になった。

 診察の終わり際に、叶は担当医に吉鷹について訊ねたが、科が違うのでよく知らないと淡泊たんぱくに返された。

 

 叶がタクシーで『叶探偵事務所』が入るビルの前に戻った頃には、既に夕方になっていた。ただでさえ首を固定された状態で不自由を感じ、更に病院で散々時間を消費させられたので、叶はすっかり疲れ切っていた。いつもならコンビニへ買い物に行く頃合いだが、今日はあきらめてビルの一階の『喫茶 カメリア』で夕食をる事にした。

 出入口をくぐると、全身ピンクで固めた椿桃子つばきももこが駆け寄った。

「あらともちんいらっしゃ~い! 首大丈夫ぅ? そんな面白、痛々しい姿になって可哀想かわいそうねぇ」

 半笑いでいたわりの言葉をかける桃子に、叶は曖昧あいまい微笑ほほえんで店の奥のカウンター席に向かおうとした。すると桃子が叶の腕をつかんで引き寄せた。

「あ、ともちん。お客さん来てるわよ」

「お客さん?」

 首を動かせないので、叶は目だけを桃子に向けて訊いた。桃子は意地悪そうな微笑を浮かべて答える。

「そ。美人の」

「え?」

 戸惑う叶に、桃子は奥のテーブル席を指差した。そこには、叶と同年代らしき女性が座っていた。確かに桃子の言う通り、美人だった。テーブルの上のコーヒーカップからは、湯気ゆげは立ち上っていない。

 桃子に促されて叶がテーブルに近づくと、気づいた女性が立ち上がって言った。

「あ、叶友也、君?」

「え? あ、あぁ、そうですけど……」

 フルネームで名前を呼ばれて更に戸惑う叶に、女性は少し表情を緩めて告げた。

「私、根岸愛美ねぎしまなみ! おぼえてる? 中三まで一緒だった」

「根岸……あぁ!」

 数秒で相手の事を思い出した叶が、相好そうごうを崩した。

 根岸愛美は、叶の小学校と中学校の同級生で、小学五年と六年の二年間と、中学三年の時には同じクラスに所属していた。それぞれ別の高校に進学して以来、叶が同窓会の類に出席しなかった所為せいもあるが、全く会ってはいなかった。

「懐かしいな、でも何で急に?」

 愛美の対面に腰を下ろしながら、叶が尋ねた。愛美が口を開きかけた所へ、桃子が頼んでもいないコーヒーを運んで来た。

「はいともちん、コーヒーどぉぞ~。今度はちゃんとしたお仕事になるのかしら~?」

「いやそれは、あぁそうだママ、じゃなくて桃ちゃん、ナポリタンくれる?」

 叶は夕食目的で入った事を思い出して、きびすを返しかけた桃子に慌てて注文した。桃子は営業スマイルと共に「かしこまり~」と言い残してカウンター裏へ消えた。叶は軽く息を吐いてから、呆気に取られた様に見つめ返す愛美に微笑みつつあやまった。

「あ、ごめん」

「ううん、でも何か面白いね、あの人。叶君、ともちんって呼ばれてるの?」

「あ、あぁ、最初は彼女だけだったんだけどさ、最近ちょっと広まっちゃって」

 叶の説明に頷いてから、愛美が問いかけた。

「で、首は大丈夫? ムチ打ちなんだって?」

「ああ、今日レントゲン撮って、骨には異常無かったって……ん? 何でオマエが知ってるんだ?」

 叶が訊き返すと、愛美はうつむき加減で答えた。

「実は……幸雄から聞いたの」

「幸雄、って……川上幸雄か? あ、今は吉鷹か」

「そう。私、今幸雄と付き合ってるの」

「何ッ?」


《続く》

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