友情遊戯 #3

「いやなつかしいな、ってオマエ、その苗字は何だ?」

 叶が改めてたずねると、吉鷹は少し表情を曇らせた。

「あぁ……父さんが死んで、母さんの方の苗字に変わったんだ。引っ越した後にな」

「そうだったのか、そう言えば親父さん医者だったっけか。跡継あとついだんだな」

 叶の言葉を渋い顔で聞き流した吉鷹が、逆に叶にいた。

「で、どうしたんだ?」

 叶は意表を突かれて数秒絶句し、呆れた拍子に首を傾げてしまい、忘れかけていた激痛に再び襲われた。

「痛ッ! オマエなぁ、こっちは救急車で来てんだぞ、もうちょっとマジメにやれよ」

「あ、あぁすまん」

 叶が顔を歪めながら抗議した事で、吉鷹は本来の職務を思い出してデスクの上の問診票もんしんひょうに目を落とした。小声で何やらつぶやきながら数回うなずくと、叶に質問してもう一回大きく頷いた。

「ムチ打ちだな」

「オイ、随分アッサリだな、大丈夫か?」

「何だ、俺のたてに文句あるのか?」

 急に気色けしきばんだ吉鷹に、叶は不満を覚えつつもい「いや」とだけ返した。すると吉鷹はデスク上のモニターを見ながら右手でマウスを操作し始めた。

「そんなに不安なら明日にでも整形せいけいで診てもらえよ、ってあれ? お前今何やってんだ? 確か八年くらい前に急にボクシング辞めたろ?」

「何だ、よく知ってるな」

 叶が苦笑しつつ言うと、吉鷹は笑顔で返した。

「当たり前だ、俺はずっとお前のファンだったんだぜ! たまに試合も観に行ってたんだからな。全く、俺達のあこがれだった熊谷さんのジムに入るなんて羨ましかったぞ!」

「あぁ、タモさ、いや熊谷さんのジムには一応今も世話になってるんだが、本業はこっちだ」

 叶も笑顔でこたえ、上着のポケットから名刺を一枚抜き出して吉鷹に差し出した。受け取った吉鷹が、名刺を見て眉間みけんしわを寄せた。

「探偵? 何でまた?」

 訝しげに訊く吉鷹を見返して、叶は表情を引き締めて答えた。

「……麻美を探す為だ」

「麻美って、妹さんか? 居なくなったのか?」

 吉鷹の更なる質問に、叶は無言で頷いた。

「そうか……」

 吉鷹もつられて沈痛ちんつう面持おももちになるが、すぐに気を取り直して再びマウスを操作した。

「まぁ、それなら明日の午前中来られるな。十時に予約入れとくぞ」

 叶の了承を待たずに、吉鷹は勝手に整形外科の外来診療予約を入れてしまった。

「じゃ、お大事にな」

 診察を終わらせにかかった吉鷹に、叶は不満げに訊いた。

「オイ、もう終わりかよ?」

 吉鷹は面倒臭めんどうくさそうに何か言いかけたが、不意にかたわらの看護師に顔を向けて告げた。

「あ、すまないけどコルセット持って来てください」

「コルセットォ?」

 叶が戸惑った顔で言うが、吉鷹は聞き流して立ち上がり、看護師が持って来た物を受け取った。

「動かすと痛むだろ、これで首を固定しとけば大丈夫だ」

 めた表情で言うが早いか、吉鷹は看護師とふたりがかりで叶の首にコルセットを装着そうちゃくした。なすがままの叶は、顔がやや上を向いた状態で固定された為に窮屈きゅうくつさを感じて顔をしかめた。

「何かキツいな」

しばら我慢がまんしろ。じゃ、明日必ず来いよ」

「オマエがまた診るのか?」

「馬鹿言え、俺は明日当直明けで休みだ。それに俺は外科医だ、整形は専門外」

 少し苛立いらだち気味に答え、吉鷹は叶に背を向けてデスクの上を片付け始めた。更に別の看護師に「次の患者さん呼んで」と指示している。その後ろ姿に不審ふしんを感じつつも、叶は看護師の手を借りて診察室を出た。

「お大事に」

「ありがとう」

 看護師に礼を述べた叶が、スマートフォンをながめている玲奈に声をかけた。

「玲奈、待たせたな」

 呼びかけられて顔を上げた玲奈が、首を固定された叶を見て思い切り吹き出した。

「プッ! ちょっと何それアニキ~! お、親指みたいじゃん、ウヒャヒャヒャ」

「オイ! 変な笑い方するな、迷惑めいわくだろ」

 叶が注意しても、玲奈は長椅子ながいすの上で身体をよじらせて笑い続けた。

「だぁって、その頭マジで親指みたいなんだもん、ウヒャ、ウヒャヒャ」

「だぁから笑うなって!」

 叶が声を荒らげても玲奈は全く意に介さず、それ所かスマートフォンのカメラでコルセット付きの叶の写真を撮り始めた。

「いや~ウケるコレ、えだよ映え! ウヒャヒャ」

 叶は周囲の冷たい視線を感じながら、大笑いしつつシャッターを切りまくる玲奈を引きずる様にして会計を済ませ、そそくさと病院を後にした。


《続く》

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