おとうと #22

 叶が駆るバンデン・プラが、升淵高校の正門前に迷惑めいわくなブレーキ音を立てて停まった。叶はスマートフォンを耳に当てながら車を降り、周囲を見回した。

「クッソ、出られないか!」

 吐き捨てる様に言うと、叶はスマートフォンを上着のポケットにしまって学校の近辺を走り回り、途中で通行人に玲奈と美緒の事を尋ねて行った。だが有効な目撃証言は得られず、叶は額に汗をにじませて捜索を続けた。すると、何処かから女性の悲鳴ひめいが聞こえた。

「キャアーッ!」

「今のは!?」

 叶は悲鳴の上がった方向の見当をつけて駆け出した。

 見えて来たのは、集合住宅に隣接りんせつする公園だった。その近くに、見覚えのあるオープンカーが停まっていた。

「アイツ、か?」

 怪訝そうな顔で独りごちた叶が公園におどり込むと、如何にも喧嘩慣れしていそうなガラの悪い五人の男達が、身構えて半円を作っていた。その内ひとりは金属バットを、別のひとりは木刀を所持しょじしている。その向こう側を覗き込むと、やはり西条がファイティングポーズを取って玲奈と美緒をかばう様に立っていた。西条の意図いとを計りつつ、叶は男達に向かって駆け出した。

「オマエ等! 何やってる!?」

 叶の声に、男達が一斉いっせいに振り返った。最も近いチンピラ風の男が「何だぁてめぇはぁ!?」と凄むのを左ジャブ一発で黙らせて、叶は西条の横に並んだ。背後に、苦しそうに胸を押さえてうずくまる美緒と、汗だくで介抱かいほうする玲奈が居た。

「ふたりとも無事か!?」

 叶が訊くと、玲奈が顔を上げて睨みつけた。

「もぉ! 遅いよ! 何やってんの!? このオジサンが来てくれなかったら危なかったんだからね!」

 オジサン呼ばわりされて苦笑いする西条に顔を向けて、叶が言った。

「礼を言うべきか?」

「あんたの礼より、バニー服部の独占どくせんインタビューが欲しいね」

「まだ言ってやがる」

 トップ屋根性こんじょう丸出しの西条に叶が呆れていると、五人組のリーダー格と思われる長髪の男が、苛立った口調でわめいた。

「何ゴチャゴチャやってんだ? 死にたくなかったらそこどけ」

「だってさ。どうする?」

 西条が男達に視線を向けたまま訊くと、叶は顎を引いて答えた。

「どくか。依頼人を守るのも探偵の義務だ」

「だよな」

 西条の微笑がかんさわったらしく、リーダー格がひたいに青筋を立てて声を荒らげた。

「じゃあ死ねコラァ!」

 その声を合図に、他の四人が一斉に襲いかかった。直後に叶が鋭く前に踏み込み、木刀を振りかぶったリーゼントの男の顔面に左ジャブを突き、のけ反った所へ鳩尾みぞおちに右ストレートを叩き込んだ。リーゼントは身体をくの字に折って木刀を取り落とし、その場にうずくまった。その隣から殴りかかって来たニット帽の男の右拳をダッキングでかわし、右ボディアッパーから返しの左フックで吹っ飛ばす。

 一方の西条は、金属バットを持つ男の一撃を半身でかわし、腹を右脚みぎあしで蹴り上げる。

「げぇっ」

 男が悶絶もんぜつしてバットを放すと、西条は素早く左脚でバットを遠くに蹴飛けとばし、組み合わせた両手を背中に叩きつけた。衝撃で男は地面とキスをさせられた。

 ひと息吐いた西条の背後からチンピラ風が殴りかかるが、西条の右ひじ打ちに迎撃げいげきされ、鼻を押さえて後退する。

「チッ、どいつもこいつもだらしねぇ」

 独りごちたリーダー格が、自分の方によろめいたチンピラ風に横蹴よこげりを食らわせて、手の骨を鳴らしながら西条に歩み寄った。

「なかなかやるじゃねえか、おっさん」

「おっさんとか言うなよ、こう見えても若作りなんだから」

 西条のジョークを聞き流して、リーダー格は鋭い右前蹴りを放った。西条がバックステップでかわす間に間合いを詰め、左右の拳を連打した。その回転の速さにガード一辺倒になってしまった西条の左腿ひだりももを、強烈きょうれつな右ローキックがおそった。

「ぐぉっ」

 思わず声をらして、西条が地面にひざを突いた。その顔面めがけて、リーダー格の左脚がうなりを上げた。西条はかろうじて両腕でブロックしたものの、余りの威力いりょくに後方に吹っ飛ばされてフェンスに背中から激突してしまう。

「がはっ」

 その場に崩れ落ちて咳き込む西条に尚も歩み寄るリーダー格の前に、叶が立ちはだかった。

「あ? あんたも死にてぇか」

 男の言葉に、叶は片方の口角こうかくを吊り上げて返した。

「そのセリフ、そっくり返してやる」

 リーダー格は目を見開いて舌打ちすると同時に、地を蹴って前方に跳躍ちょうやくした。右の飛び膝蹴りだ。叶は左手で膝を右に払って左にサイドステップし、着地したリーダー格が素早く放った右後ろ蹴りを冷静にバックステップでよける。リーダー格は叶をめつけると、不遜ふそんな口調で言った。

「さっきのおっさんよりかはマシみてぇだな」

「喧嘩っぱやいだけのシロウトと一緒にするな」

 叶が言い終える間に、リーダー格が短く息を吐いて踏み出し、左ハイキックを打った。叶が頭を下げてかわすと、リーダー格は軸足一本でジャンプし、打点の高い飛び後ろ廻し蹴りを出した。叶は咄嗟とっさに前に踏み込み、両腕を高く上げてブロックした。だが体重の乗った一撃に、腕に痺れが走った。顔を歪めつつ、叶は着地したリーダー格の顔面へ左ロングフックを打ち込んだ。かわし切れずに、頬骨ほおぼねの辺りに当たる。

「クソッ」

 思わず悪態あくたいくリーダー格が体勢を立て直そうとする所へ、叶が右ボディフックを打った。肝臓の辺りを直撃し、リーダー格が顔色を変えて左手を腹に当てがう。ガラ空きになった下顎したあごに左アッパーが突き上げられ、間髪かんぱつを入れずに右ストレートが上顎うわあごに吸い込まれた。

「ぶぉっ」

 リーダー格の身体が、膝から崩れ落ちた。沈黙した男達を睥睨へいげいして、叶が呟いた。

「オッサンなめんなよ」

 きびすを返した叶が、西条に駆け寄って右手を差し出した。

「やるじゃねえか、ハイエナ」

 微笑して言う叶に、西条も微笑しながら応える。

「シロウトだって、やる時ゃやるぜ」

 西条が叶の右手を掴み、叶が引っ張り上げて西条を立たせた。ふたりして美緒と玲奈の方に行こうとした時、リーダー格が身体を震わせながら上半身を起こした。

「クソ……殺してやる……」

「なかなか頑丈がんじょうだな」

「頭の中身もな」

 叶と西条が身構えた所に、彼方から男の叫び声が聞こえた。

「やめろぉ~! 鉄雄てつおォ~!」

 公園に駆け込んで来たのは、升淵高校の制服を着た男だった。リーダー格が振り返って言った。

「義勝坊ちゃん……」

 その男こそ、柔道部主将の藤堂義勝だった。

 義勝は、叶と西条にぶちのめされた四人と、地面に尻を突いて見上げるリーダー格を見て、次に玲奈に抱えられる美緒を見てから、再びリーダー格を見下ろして告げた。

「よく判らんが、とにかくもうこの話は無しだ。さっさと引き上げろ鉄雄!」

 鉄雄と呼ばれたリーダー格は、呆れた様にかぶりを振ると、よろめきながら立ち上がって義勝を見下ろして言った。

「だったら、もうちょっと早く来てくれよ」

 その威圧感いあつかんに気圧される義勝から目を背けると、のろい足取りで公園を出た。その後ろを、他の四人がふらつきながらついて行く。その姿を見送った義勝が、美緒に駆け寄るなり地面に正座して深々と頭を下げた。

「すまなかった!」


《続く》

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る