おとうと #21

 立ったまま話を始めようとした叶を制して、源治郎が窓際に立て掛けられたパイプ椅子を勧めた。叶は会釈してパイプ椅子を展開てんかいし、ゆっくり腰掛けた。かすかな金属音きんぞくおんが、静かな病室内に響く。

 一度カーテンの向こうへ首を伸ばしてから、叶は源治郎を真っ直ぐ見て話し始めた。

「ご子息の忍君ですが、いくつか問題、と言うかなやみを抱えています。ワタシが何故ご子息と関わる事になったのかは、ここでははぶかせてください」

何故なぜだね?」

「さすがに、ワタシの一存いちぞんで話すわけにも行かないものでして、守秘義務の一部、と解釈かいしゃくして頂ければ」

 叶の説明に、源治郎は黙って頷いた。軽く頭を下げて、叶は話を続けた。

「まずひとつ、ご子息は最近、柔道部でイジメに遭っていまして、いや、もうイジメのいきではないと思いますが」

 一旦言葉を切り、叶はスマートフォンを取り出して例のメッセージアプリの画面を表示して源治郎に示した。眉間に皺を寄せて画面を凝視ぎょうしした源治郎の表情が、たちまち強張った。

「これは……ほぼ脅迫じゃないか」

 叶は頷いてスマートフォンを引っ込める。

「このメッセージを送ったのは、柔道部の主将の藤堂義勝という生徒です。服部さん、藤堂秀信という名前に心当たりはありませんか?」

 叶の質問に、源治郎は暫く視線を宙に彷徨わせたが、やがて何かを思い出したらしく目を見開いた。

「あぁ、藤堂秀信。深体大の時の後輩だ。あの頃は随分しごいてやったっけな」

 呼び覚まされた記憶をなつかしむ源治郎に、叶はするどい口調で告げた。

「その後輩の息子ですよ、藤堂義勝は」

「何っ!?」

 やや楽しげだった源治郎の顔つきが、一瞬にして硬直した。

「恐らく、大学を出てからアナタと藤堂氏はほとんど交流が無かったのでしょうが、まさか息子同士でこんな事になるとは、偶然とは言え恐ろしいですな」

「まさか……」

 ひとつ呟いたきり二の句が継げない源治郎を見つめながら、叶は静かに椅子から腰を上げた。

「もうひとつ、ご子息が抱えている悩みですが、これはワタシの口から申し上げる筋ではないので、いずれ本人からお話があるでしょう。では、ワタシはこれで失礼します」

「待ってくれ!」

 立ち去りかけた叶を、源治郎が呼び止めた。

「わ、わしは、どうすればいいんだ?」

 叶は肩越しに振り返って、きびしい口調で応えた。

「子供を守るのも、親の務めじゃないですか? それと、ご子息が何か話があると言って来たら、キチンと聞いてあげてください。では」

 慇懃に頭を下げて、叶は病室を後にした。


 病院を離れた叶は、『福水警備保障』の所在地を調べて藤堂秀信との面会を試みたが、事前のアポイントなど取っていないので、受付でにべもなく断られた。仕方なく、近くのイタリアンレストランで昼食を摂り、事務所に戻って仮眠に入った。


 応接セットのテーブルに無造作むぞうさに置いたスマートフォンがけたたましく鳴動して、ソファに仰臥ぎょうがする叶の安眠あんみんを破った。顔をしかめながら壁の時計を見上げると、午後二時半を過ぎていた。

「ん……ちょっと寝過ごしたか?」

 ざらつく声で呟いてからスマートフォンの画面に目を移すと、玲奈からの電話だった。のろい動きでスマートフォンを取り上げて電話に出た叶の耳を、玲奈の怒声が貫いた。

「ちょっとアニキ! 何やってんの!? やばいんだよ早く来て!」

 ただならぬ様子に、叶はソファから跳ね起きた。

「すぐ行く! 待ってろ!」

 取る物も取り敢えず、叶は事務所を飛び出した。


《続く》

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