おとうと #20

『WINDY』を出た叶は、玲奈と美緒にメールを送ってからバンデン・プラに乗った。


 陽が暮れた頃に事務所に戻った叶がスマートフォンを取り出すと、美緒からの返信が来ていた。内容を確認してメールを閉じると、受信ボックスを眺めて独りごちた。

「玲奈からはまだか……まぁ、最悪ジムで頼むか」

 スマートフォンをデスクに置いて、叶は居住スペースに入ってジムへ行く支度を済ませ、夕食を摂る為に『カメリア』へ下りた。


 翌朝、叶のバンデン・プラが服部ていの近くに停まっていた。時刻は七時過ぎである。時計を見つつ、欠伸を噛み殺しながら助手席に置いたコンビニ袋に手を突っ込み、コッペパンを取り出した叶の視界の端で、表門が内側に開いてふたりの人影が出て来た。先に出た美緒に続いて、忍が背中を丸めて表門をくぐった。

 ふたりが歩き出すのを暫く眺めてから、叶はバンデン・プラをゆっくりスタートさせた。右手でハンドルを操作しつつ、左手と口を使って器用にコッペパンの袋を開け、中身を口で引っ張り出して豪快ごうかいかじる。

 姉弟してい最寄もより駅の改札を通ったのを遠目に確認すると、叶はバンデン・プラのスピードを上げて高校の最寄り駅に先回りした。その間にコッペパンを全て胃に収め、ペットボトルのブラックコーヒーを少しずつ飲む。

 叶が高校の最寄り駅の前に到着してから十分ほど経った頃、服部姉弟が他の生徒達に混じって改札を通って出て来た。よく見ると、その後方に玲奈の姿があった。目ざとくバンデン・プラを見つけた玲奈が、誇らしげな顔でサムズアップした。昨夜にジムで会った時に、校内での美緒のガードを頼んでおいたのだ。当然、ギャラを要求されたが。

 三人が校門をくぐったのを見届けると、叶はアクセルを踏んだ。


 数十分ほど走って辿たどり着いたのは、『国料大学付属病院こくりょうだいがくふぞくびょういん』だった。叶は駐車場にバンデン・プラを停めて、外来患者で賑わうロビーを通り抜け、壁に貼られた院内の見取り図をチェックしてエレベーターに向かった。

 五階の内科病棟ないかびょうとうに入った叶は、せわしなく行き交う看護師や入院患者の間をいながら、病室の出入口を注意深く見て回った。そして、病棟奥の六人部屋に、『服部源治郎』の名前を見つけて足を止めた。一度周囲を見回してから、叶は室内に足を踏み入れた。

 足音を立てない様に気をつけながら窓側へ歩を進め、外界とベッドを遮断しゃだんするカーテンの向こう側を覗き込んだ。ベッドの主は、厚みのある身体を横たえ、大きめのヘッドフォンを付けてベッドサイドのテレビを見つめていた。叶が上半身を乗り出すと、目だけで反応した。

「どうも。初めまして」

 叶が挨拶しながらカーテンを越えると、源治郎はヘッドフォンを外して身体を起こした。

「誰だね君は?」

 重低音の声が、病室に響く。叶は恐縮しながら上着のポケットに手を入れ、名刺を抜き出して源治郎に差し出した。

「叶と申します」

「探偵? 探偵が何の用かね?」

 名刺に目を落とした源治郎が怪訝そうな顔で訊くと、叶は神妙しんみょうな表情でベッドに一歩近づいた。

「実は、ご子息しそくの事でお話が」

「忍の?」

 源治郎の顔色が、変わった。


《続く》


 

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