おとうと #17


 母と子の再会を見届けた叶は、美緒に連絡を取ってからその場を引き上げるつもりだったが、忍から事情を聞いた母親に引き留められ、家に上がって忍と一緒に昼食を頂く事になってしまった。息子の帰宅に興奮したのか、母親はえらく気合いを入れて料理にかかった。

 ダイニングテーブルに向かい合わせに座った叶と忍の目の前に、大きめの具が沢山乗った大盛りカレーライスが二皿置かれた。

「さ、どうぞ。召し上がれ」

 喜色満面きしょくまんめんの母親に恐縮して頭を下げ、叶は皿にえられたスプーンを取ってカレーを食べ始めた。『カメリア』で提供されるカレーとはひと味違う、家庭の味がした。叶がカレーを咀嚼しながら上目遣いに忍を見ると、おだやかな顔で黙々もくもくとカレーを頬張っていた。

 ふたりしてカレーを平らげた後は、叶は母親から頂いたコーヒー、忍は自分でコップに注いだ牛乳を飲んでくつろいでいた。

 コーヒーを飲み干してひと息吐いた叶が、二杯目の牛乳を注いで飲み始めた忍に尋ねた。

「それで、結局どうするんだ?」

「え? 何が、ですか?」

 呆けた顔で訊き返す忍に、叶は眉間に皺を寄せて言った。

「だから、柔道と漫画だよ。いつまでも両方やってらんないだろっての」

「あー、はい……」

 煮え切らない様子で俯く忍に、叶が更に言葉を浴びせようとした所へ、玄関扉が開く音が聞こえた。数秒後に、美緒が息を切らせてダイニングルームに入って来た。驚いて振り返る忍と目が合うと、美緒は安堵の表情を見せてその場にへたり込んだ。

「あぁ、良かった」

「ちょっと美緒、大丈夫?」

 美緒の様子を見て慌てた母親が駆け寄り、肩を抱いて助け起こした。美緒は数回頷いて呼吸をととのえると、母親から離れて叶に歩み寄った。

「探偵さん、ありがとうございました」

深々と頭を下げる美緒に、叶は厳しい表情で返した。

「いや、まだ終わってないんだ」

「え? どういう事、ですか?」

 困惑して訊き返す美緒に、叶は「実は……」と言ってから忍に目を転じて顎をしゃくった。叶の意図を悟った忍は小さくかぶりを振ったが、叶が軽く睨みつけると肩をすくめてスマートフォンを取り出した。叶が素早く奪い取り、メッセージアプリの履歴を美緒に見せた。

「これって……」

 メッセージの内容に動揺を深める美緒に、叶が努めて優しい口調で告げた。

「忍とも約束したんだが、これからキミの事はオレが守る。さすがに学校の中までは厳しいから、その辺は玲奈に言い含めておくけど、とにかく、心配しないで、任せてくれ」

「あ、ありがとうございます」

 暗い表情のまま頭を下げる美緒に、叶は微笑でこたえた。

 叶は忍のメッセージアプリの画面を素早くスクリーンショットして、「ちょっと借りるぞ」と忍に断ってメールアプリを起動し、自分のアドレス宛にスクリーンショットした画像を送った。アプリを閉じてスマートフォンを忍に返し、椅子から立ち上がって美緒に言った。

「じゃあ、オレは一旦いったん引き上げるから、今日はもうここで大人しくしててくれよな」

「はい、本当に、ありがとうございました」

「礼は、全て解決してからでいいよ。忍、自分で決めろよ」

 叶が忍を見下ろして言うと、忍は小さく頭を下げた。

 美緒と母親に見送られて、叶は家を辞した。小雨は既に上がり、割れた雲の隙間すきまに青空がのぞいた。

 バンデン・プラのドアロックを解除して運転席に収まると同時に、上着のポケットの中でスマートフォンが鳴動めいどうした。取り出して画面を見ると、風間からの電話だった。

「どうも、風さん」

 叶が電話に出ると、風間の声が耳に響いた。

『おう、判ったぞ』


《続く》

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