おとうと #15

 叶はコーヒーをひと口飲むと、椅子の背もたれに上半身を預けながら続けた。

「オマエが漫画家の夢を抱えながら、親父さんに押しつけられた柔道を辞めないのは、柔道で結果を出した時だけ親父さんが褒めてくれるからだろ? 男ってのは、何だかんだ言っても父親に一番認めて欲しいもんなんだよ。オレもガキの頃いじめられてて、初めていじめた奴に逆襲ぎゃくしゅうした時は、お袋にはこっぴどく怒られたけど、親父には『よくやった』って褒められて嬉しかったもんよ」

 叶の回想に、忍は感心した様な顔で深く頷く。

「そ、そうです……父さんは、僕が学校の勉強で良い成績を出しても、どんなに絵を上手く描いても、褒めるどころか興味も持ってくれません……でも、僕が柔道の試合で勝ったり、昇級したりすると、大きな手で僕の頭をでてくれるんです、そう、『よくやった』って言って。絵や漫画は、母さんや姉ちゃんが褒めてくれるから、両方やってれば皆が僕を認めてくれると思って……だから」

 俯いて話す忍に、叶は身を乗り出して言った。

「オマエさ、気持ちは判らんでもないけど、いつまでも両方続けてられないだろ? 現に、身体にはもう異常が出ちまってんだから。それに、『二兎にとを追う者は一兎いっとをも得ず』って言葉もあるしな」

「でも……」

「でももクソもあるか。親兄弟の事より、まずは自分を第一に考えろよ」

「はぁ……」

 煮え切らない態度の忍にごうを煮やした叶は、コーヒーを飲み干して椅子から腰を上げると、強い調子で忍に言った。

「とにかく、家に帰るぞ。これ以上、姉さんやお袋さんを心配させんな」

「そ、それは! あの……」

「何だよもう! ハッキリしねぇなオマエは!?」

 周囲の目もはばからずに声を荒げた叶だが、ふと疑問を覚えて座り直し、怪訝けげんそうな顔で尋ねた。

「もしかして、帰りたくない理由が別にあるのか?」

 その刹那、忍の表情が明らかに強張った。図星を突いた確信を得た叶が、更に訊く。

「何なんだ、その理由ってのは? 柔道部に関係してんのか?」

 あごに力を入れて黙秘もくひする忍を見て、叶はいよいよ確信を深めた。間違いなく、背景には主将の藤堂義勝が関わっている、と。

 暫くの沈黙を経て、叶が口を開いた。

「忍、ちょっとスマホ見せてみろ」

「えっ?」

 忍が、あからさまに動揺どうようして顔を上げた。

「そ、それは……」

 難色なんしょくを示す忍に、叶は真剣な表情で詰め寄った。

「いいか。これはオマエの為でもあるし、姉さん達の為でもあるんだ。問題があるんなら、解決しなきゃ先に進めないだろ? オレが力になるから、見せてみろ」

 忍は不安げな表情で視線を彷徨わせていたが、やがて叶の説得に応じてスマートフォンを取り出し、テーブルに置いた。叶はひとつ頷いてスマートフォンを手に取り、画面にいくつも表示されているアプリのアイコンの中から、メッセージアプリを選んでタッチした。


《続く》


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