おとうと #13

 時間をかけてビーフシチューを味わったふたりは、それぞれコーヒーとオレンジジュースを飲みながら余韻に浸っていた。

「ハァ~、シ・ア・ワ・セ」

 視線を宙に彷徨さまよわせながらウットリする玲奈に、微笑しつつ叶が訊く。

「所で、忍について何か他に判ったか? 柔道部以外で」

「え~? あー……あ、そうそう、何かね、右手を気にしてたって」

「右手を?」

 オウム返しに言う叶に、玲奈は頷いて続けた。

「ウン、練習の前とか後とかに、やたら右手をグーパーしてたんだって。どうしたの? って訊いても『何でもない』って言ってたみたいだけど」

「……そうか」

 叶は玲奈から視線を外して、ひとり納得した様に数度頷いた。

 やがて、オレンジジュースを飲み干した玲奈がやおら立ち上がり、

「トイレ」

 と言い残して席を離れた。その姿を見送ってから、叶はテーブルの脇に置かれたナプキンホルダーから紙ナプキンを一枚取って腰を上げ、ジャケットの内ポケットに手を入れながらカウンターに近づき、デミグラスソースのなべき回す風間の前に行った。気配を察知さっちした風間が、視線を鍋に向けたまま呟いた。 

「何だ、結局仕事か」

「ええ、申し訳ないッス」

 恐縮きょうしゅくして頭を下げた叶が、首を少し突き出して小声で風間に言った。

「あの、警察OBの藤堂って男について、調べてもらえませんか?」

「藤堂? 下の名前は?」

「それは判らんのですが、義勝って、高校三年の息子が居るってのは確実ッス。それと恐らく、柔道の有段者です」

「ウーン……ま、何とか当たってみるか」

「すみません、いつも無理言って」

 再び頭を下げると、叶は紙ナプキンに一万円札を二枚はさんでそっと風間に差し出した。風間が素早く受け取った直後に、叶が思い出した様に言った。

「あ、それと、西条誠って奴の事も、お願いします」

 風間の眉が、訝しげに吊り上がった。

「西条? 何者だそいつは?」

「あー、ハイエナです」

「何だそりゃ?」

 思わず顔を上げた風間に笑顔で会釈すると、叶は席に戻った。その直後に玲奈もトイレから戻って来た。

「あ、そう言えばオマエ、今日アルバイトは?」

 コーヒーを飲み干してから叶が訊くと、玲奈は残った水を飲んで言った。

「今日は休み」

「そうか……練習すんだろ?」

「ウン、支度してないからさ、一回家帰っていい?」

「判った、送るよ」

 会話を終えたふたりは同時に席を立ち、玲奈は風間に手を振って先に店の外へ出た。風間も微笑して手を振り返す。叶はレジで会計を済ませ、風間に目礼してから出入口の扉を開けた。

 コインパーキングからバンデン・プラを出して、玲奈を自宅まで送った叶は、時計を気にしながらいくつかの整形外科を尋ねて回った。


《続く》

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