おとうと #12

 数十分走ったバンデン・プラが、コインパーキングに入った。

「おっ先ィ~!」

 車が停まるなり、玲奈が素早くシートベルトを外して外へ飛び出た。通学鞄は後部座席に置きっ放しだ。

「オイ待てよ! ったく、現金な奴だ」

 叶は呆れ顔で運転席から出てドアをロックし、小走りに玲奈の後を追った。

 道路沿いに佇む『レストラン&バー WINDY』の扉を勢い良く開けた玲奈が、扉の裏に付けられたベルの音をかき消す声で挨拶した。

「こんちは~風さん!」

 その声に、カウンターの奥にあるキッチンで作業をしていた中年の男が、口髭くちひげを吊り上げて応えた。

「おぉ~お嬢ちゃん! 相変わらず元気いっぱいだな」

「どうも、風さん」

 やっと追いついた叶が、玲奈の後ろから言った。

 ふたりに「風さん」と呼ばれたこの中年は、この店のマスターの風間壮助かざまそうすけである。叶とは以前からの知り合いで、昔は暴走族のリーダーを務めていたが引退後に警察官に転身して白バイに乗っていた変わり種である。

 出迎えたウェイトレスの先導で、ふたりは奥の二人掛けのテーブル席に陣取った。

「ビーフシチューをパンで! それとコーヒー、あ、いや、オレンジジュース」

 水も置かれぬ内に大声で注文する玲奈を苦笑して見ながら、叶もビーフシチューを注文した。飲み物はホットコーヒーにした。

「何だオマエ、今日はジュースか。女の子みたいだな」

 オーダーを伝票に書きつけながら立ち去るウェイトレスを見送ってから、叶がからかう様に訊いた。

「失礼ね、ウチは立派な女の子! いつもはアニキにお付き合いしてるから、たまにはね~」

「別に付き合ってくれって頼んだ覚えはねぇな。それより、何か判ったか?」

 ボヤきを入れつつ尋ねる叶に、玲奈は水をひと口飲んでから答えた。

「ウン、あのね、ウチのクラスの男子に柔道部が居てさぁ、ソイツに訊いてみたんだけど、どうも服部忍君って、部でイジメにってたっぽいよ」

「イジメ? 例の主将にか」

 叶の問いに、玲奈は氷を口に入れて転がしながら頷いた。

 あり得ない話ではなかった。大体、学校というコミュニティ自体イジメが起きがちなのに、その中の部活動という更に小さなコミュニティは、些細ささいなキッカケでイジメが発生し易い。叶自身、短い期間ながらボクシング部に居て、先輩から理不尽な要求をされる後輩部員の姿を何度か見ている。

 氷を口の端に寄せて頬を膨らませた玲奈が話を続ける。

「何かね、練習の最初に全員で体育館の中を走るらしいんだけど、そこで主将が忍君だけ余分に走らせたり、基礎きそ体力の時もひとりだけ回数増やされたり、腕立て伏せやってる所に他の部員を背中に座らせてわざとキツくしたり」

「随分あからさまだな。顧問こもんやコーチは何も言わないのか?」

「あー、基礎体力はコーチが居ない時に主将の指示でやってるから、コーチは見てないんだって。それと、顧問にはインターハイ予選で勝つ為にはこのくらいやんないとダメだって、主将が言ってるみたい。まぁ、コーチも顧問も主将にはあんまり強く言えないらしいけど」

 つまらなそうに言う玲奈に、叶が尚も尋ねる。

「何で? 主将ったって生徒だろ」

「それがさぁ、その主将のパパってのが何か偉い人らしくって、えっと確か、元サツカンだとか」

「何?」

 サツカン、つまり警察官である。叶の表情が瞬時に強張こわばった。元々警察嫌いの叶だが、今回の事案では主将が親の威光いこうかさに着ている事が更に気に食わなかった。

「その主将、名前何て言ったっけ?」

 自分で調べがついている事は言わずに玲奈に訊くと、玲奈は少し視線を上に泳がせてから答えた。

「え~っと、確か藤堂、って言ったっけ」

「藤堂、ね」

 叶がわざとらしく復唱した所へ、ふたりのビーフシチューが運ばれて来た。途端に、玲奈が目を輝かせて声を上げた。

「来たぁ! 待ってました」

 目の前に置かれるなり、スプーンを手に満面の笑みを浮かべる玲奈を見て、話の継続は無理と判断した叶は、玲奈にならってスプーンを取った。


《続く》

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