おとうと #11

 事務所に戻った叶は、玄関の対面にある給湯室きゅうとうしつに入って歯をみがき、奥のトイレで用を足して戻り、ソファに深々と座り込んで大きく溜息をいた。

「……ったく、食えねぇ奴だ」

 西条にペースを乱された事を反省しながら、叶はスマートフォンを取り出して升淵高校の位置情報を元に近辺のインターネットカフェの所在地を調べた。そこから数軒をピックアップした後に、今度は高校の周辺にある整形外科せいけいげかの病院や診療所しんりょうじょを探した。

 調査を終えてスマートフォンをテーブルに放り出すと、叶はソファに身体を横たえて仮眠をった。


 目を覚ました叶が壁に掛けた時計を見上げると、既に午前十一時を過ぎていた。舌打ち混じりに身体を起こして頭を振り、テーブルのスマートフォンを上着のポケットに入れて立ち上がると、デスクの引き出しを開けて鍵束を取り出し、パンツのポケットにねじ込んで事務所を出た。

 一階に下りた叶は、ふと足を止めて恐る恐る『カメリア』の店内へ視線を飛ばした。幸い、西条の姿は見当たらなかった。安心して歩を進めようとした時に、丁度接客中の桃子と目が合った。満面の笑みでこちらに手を振る桃子に愛想笑いを返して、叶は歩き出した。

 数分歩いて月極つきぎめ駐車場に入り、愛車バンデン・プラ プリンセス一三〇〇に乗り込んでエンジンをスタートさせた。重い駆動音くどうおんを聞きながら、叶はアクセルを踏んだ。

 駐車場を滑り出たバンデン・プラは、事務所から程近い繁華街はんかがいに向かった。大手デパートの地下駐車場に車を停めると、叶はデパート直結のエレベーターで地上に出て、少し遠回りしてから外に出た。スマートフォンを取り出して必要な情報を確認し、画面表示はそのままでポケットにしまって歩き出した。

 目当てのインターネットカフェを見つけると、スマートフォンの画面表示を忍の顔写真に変えてから店内に入り、受付の店員を捕まえて聞き込みをかけた。だがかんばしい情報は得られなかった。

 その後、数十分かけて何軒かのインターネットカフェを回って忍の目撃情報を求めたものの、さしたる収穫は無かった。

 仕方なくデパートに戻った叶は、中に入っている書店で申し訳程度に文庫本を購入して地下駐車場に下り、バンデン・プラに乗り込んでスマートフォンを取り出した。

「さて次は……と」

 暫く情報を確認すると、叶はエンジンをスタートさせ、駐車場を出た。


 夕方近くまでいくつかの繁華街を回って忍を探した叶が、疲労を感じてバンデン・プラを路肩に停めて休んでいると、玲奈からメールが届いた。

「おっ、来たか」

 倒した背もたれに上半身を預けていた叶が、ね起きてダッシュボードに置いたスマートフォンを取った。メールを開くと、題名は省略しょうりゃくされて、本文に『あーあ、WINDYのビーフシチュー食べたいなー』とだけ書いてあった。

「……アイツめ」

 叶は苦笑しつつ背もたれを戻し、スマートフォンをダッシュボードに戻して車を出した。


 升淵高校の正門前にたたずむ玲奈が、彼方かなたを見て表情を緩めた。その視線が捉えたのは、叶のバンデン・プラだった。

 叶が玲奈の前に車をめるやいなや、玲奈は助手席側に回り込んでドアを開け、中に身体を滑り込ませて後部座席に通学鞄を投げた。

「あ~やっと来たぁ、遅いよアニキィ」

「あ? オレはオマエの専属せんぞくドライバーじゃねぇぞ」

 いきなり傍若無人ぼうじゃくぶじんな振る舞いを見せる玲奈を咎める叶に、玲奈は笑顔でシートベルトを締めながら返した。

「そんな事より! 早く行こうよ~、ウチもうお腹ペコペコだよぉ」

「……仕方ねぇな」

 あきれ顔で言うと、叶は車を出した。


《続く》


 

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