おとうと #8

 勝ちほこった様な顔の西条を横目で睨みつけて、叶が強い口調で言った。

「オマエもブンヤのはしくれなら、守秘義務しゅひぎむって言葉くらい知ってんだろ。話す事は無い、帰れ」

 それを聞いた西条は、つまらなそうに明後日の方向を向いた。

随分手垢ずいぶんてあかの付いた台詞せりふ吐いてくれるじゃないの。まぁいいさ、それならあの子に直撃インタビューするだけさ」

 その刹那せつな、叶の左手が驚異的な速さで西条の胸倉むなぐらを掴んで引き寄せた。

「オレの依頼人に何かしてみろ! ただじゃおかんぞ!」

 突然の叶の剣幕けんまくに、西条だけでなく店内の他の客もこおりつく。そこへ、この店のマスターで桃子の夫の大悟だいごが、いかつい髭面ひげづらに微笑を貼り付かせてコーヒーを出しながら叶をなだめた。

「まぁまぁ叶さん、落ち着いて。はい、セットのコーヒー。そちらのトップ屋さんもいかがですか?」

 叶は鼻から荒い息を吐き出して手を放し、大悟に頭を下げてからコーヒーに手を伸ばした。片や西条は安堵した様に息を吐き、乱れた服を直して大悟に告げた。

「あ、そう言えばオーダーしてなかったね。じゃマスター、己にもコーヒーくれる?」

「かしこまりました」

 大悟が会釈えしゃくして奥に引っ込むと、西条は咳払いを入れて再び話し始めた。

「今のは冗談、こっちだって確証無しに飛び込んだって相手が応じてくれないのは判ってるさ、だから、その確証を得る為にもあんたに協力してもらいたいんだよ。なぁ、頼むよ」

「断る」

 にべもない叶に、西条は落胆した顔で言った。

「つれねぇなぁ。でも、己は絶対諦めねぇからさ」

 負け惜しみとも取れそうな台詞を吐いて立ち上がった西条の前に、大悟がホットコーヒーを淹れたカップを差し出した。

「お待たせしました」

「あ、どうも」

 反射的にカップを受け取った西条は、コーヒーをひと口飲んで表情を和らげた。

「あ、美味い! マスター、いい腕してるね~」

「ありがとうございます」

 礼を述べる大悟に更なる笑顔で応えると、西条は立ったままコーヒーを堪能たんのうした。その間、叶は中断させられていた美緒と忍の父親についての検索を再開した。

 コーヒーを飲み干した西条は、満足げな顔でカップをカウンターに置くと、「本当に美味かった。また来るよ」と言い残して出入口に向かった。

「あ、お勘定かんじょう!」

 出て行こうとする西条に気づいた桃子が慌てて声をかけると、西条は右手をひらひらして言った。

「つけといてよ、探偵さんに」

「何ッ!?」

 捨て台詞に驚いた叶が慌てて立ち上がるが、既に西条の姿は店内には無かった。外へ走り出た叶の視界の端に、重厚なエンジン音をとどろかせるオープンカーが見えた。運転席に座る西条が、左手を高々と上げて振った。

「また会おうぜ、探偵さんよ!」

「オイ、待て!」

 叶が呼び止めるより早く、西条が駆るオープンカーは唸りを上げて遠ざかった。排煙はいえんの匂いに顔をゆがめながら舌打ちすると、叶は『カメリア』に戻った。


《続く》

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