おとうと #7

 それから、叶は忍の顔写真と、住所と連絡先をメールで送る様に美緒に頼んだ。毎度の如く、金の事は一切言わずに話を終わらせた。

「では、よろしくお願いします」

 改めて頭を下げてソファから腰を上げた美緒に、叶はふと思いついた疑問を投げかけた。

「そう言えば、玲奈とオレの事は人づてに聞いたらしいけど、どういう経路けいろで知ったの?」

「あぁ、私、以前生徒会の役員をやってて、同じ時期に役員だった後輩が玲奈ちゃんと同じクラスで、その子から噂話うわさばなし程度に聞いたのが最初です」

 叶は納得した様に二、三度頷いてソファから立ち上がった。

「じゃ、気をつけて」

「はい、失礼します」

 美緒は丁寧ていねいにお辞儀じぎして出入口に向かい、玄関扉にられた叶の妹の麻美の顔写真入りチラシを見てつぶやいた。

「本当に、似てますね。玲奈ちゃんに」


 二客のカップを片手で器用に持ち、空いた手でノートパソコンを抱えた叶が事務所を出て階段を下り、『喫茶 カメリア』に入った。

「あ、いらっしゃ~いともちん。はいどうぞ~」

 出迎えた桃子が、叶の定位置である奥のカウンター席にみちびいた。スツールに腰掛けた叶は、ノートパソコンを開きながら営業スマイルで待ち構える桃子に注文した。

「カレーライス」

「あらともちん、さっきの子の依頼受けたの? まぁ~またタダ働きの匂いがプンプンするわね~」

 桃子の嫌味いやみに苦笑で応えると、叶は検索エンジンを使って『服部源治郎』を調べ始めた。すると、背後で出入口の扉が開く音がして、桃子の「いらっしゃいませ~」という甲高い声が響いた。意に介さずに叶が検索結果を吟味ぎんみしていると、突如叶の左隣に何者かが無遠慮ぶえんりょに座った。

 不快感をし殺して叶が左を向くと、髪をポマードで撫でつけ、ダークスーツの下にド派手な柄のシャツを着た、叶と同年代と思われる男が、ニヤけ面で見返していた。

「初めまして、探偵さん」

 慇懃いんぎんな言葉とは裏腹にフレンドリーな口調で話しかける男に、今度はあからさまに不快感をあらわして叶が返す。

「誰だオマエ?」

「オットー、これは失礼」

 おどけた調子で言うと、男は上着の内ポケットから名刺を一枚抜き出して示した。叶は名刺を素早く取り上げ、自分の正面にかざして見た。『フリーライター 西条誠さいじょうまこと』と記載されている。

「ブンヤが何の用だ?」

 叶が名刺を自分の上着のポケットにしまいつつ訊くと、西条は笑顔のまま言い返した。

「ブンヤってのは、ちょっと違うなぁ。トップ屋って言ってくんないと」

「トップ屋って、なぁに?」

 カレーライスを運んで来た桃子が横槍よこやりを入れた。口を開きかけた西条より早く、叶が説明した。

「要は特ダネ狙いのハイエナだよ」

「へぇ~、ハイエナ」

 慌てて否定しようとする西条を黙殺もくさつして、桃子は何度も頷きながらカウンターの裏へ入って行った。その姿を見送った西条が、諦めた様に呟いた。

「ま、いっか。当たらずも遠からずだ」

「だから、何か用か?」

 叶はノートパソコンを閉じてカレーにスプーンを刺しながら、苛立ち混じりに尋ねた。

西条は居住まいを正すと、叶に顔を近づけて訊いた。

「あんたさ、バニー服部って知ってる?」

「何だそりゃ? 新手のお笑い芸人か?」

 叶がとぼけると、西条は笑顔を貼り付かせたまま、目つきだけを鋭くして更に訊いた。

「さっきあんたの事務所から出て来た女子高生、あれバニー服部の関係者だろ?」

「知らんな」

 尚もとぼける叶に、西条は声をひそめて話し始めた。

「三ヶ月前に発行された『少女パステル増刊号』に載った『最も危険なふたり』っていう、新人賞で入選を獲った漫画の作者がバニー服部。何でもそいつは編集者も直接会った事が無い覆面ふくめん漫画家らしいんだよな。業界じゃ早くもその正体を探ろうって動きが出てる。己もそのひとりって訳」

「少女漫画読むのか? その顔で」

 叶がカレーを咀嚼しながら小馬鹿にした様に言うと、西条は少し表情を険しくした。

「別におれ自身が興味ある訳じゃねぇよ。その雑誌を出してる出版社に知り合いが居てさ、そっから流れて来た話に飛びついただけさ。これは特ダネになるってね」

「さすがハイエナ」

 叶の嫌味に、西条は不満を露わにした。

「うるせぇな、まぁともかく、己はバニー服部の手掛かりを得る為に出版社を張ってた。すると、何度かさっきの子が出入りするのを見た訳よ。持ち込みなら原稿が入った封筒なり鞄なり持ってるもんだが、あの子は基本手ぶらだった。そのくせ、ロビーで会ってるのは『月刊少女パステル』の編集者……な、怪しいだろ? そこで己は、あの子がバニー服部と何らかの関係があると睨んだ訳。な、当たってるだろ?」


《続く》

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