おとうと #6

「問題山積さんせきだな」

 何気ない叶のひと言に眉をひそめたものの、平静をよそおって美緒は説明を続けた。

「忍は私と同じ高校に進学したんですが、予め父から必ず柔道部に入部する様に命令されていました。本当は、父は自分が在籍ざいせきした高校に入れたかったみたいですけど、その高校は結構偏差値へんさちが高くて、恥ずかしい話なんですけど忍には、ハードルが高くて」

「別に恥ずかしい事じゃないさ、学校のステータスが本人のステータスって訳じゃないからね」

 叶がはげますと、美緒は微笑で受け止めた。

「それで、忍は父の命令通り柔道部に入りました……そうしたら、忍が服部源治郎の息子だと言う事が何処どこからか部で指導をしているコーチの耳に入ったらしく、入部初日にいきなり主将と乱取らんどりをさせられたんです」

 有名税、と言いかけて、叶は口をつぐんでコーヒーを飲み干した。

「それで、どうなったの?」

「その乱取りで、忍が主将を投げてしまったそうなんです。それで、そのコーチがびっくりして、その場の勢いで忍をインターハイ予選の個人戦代表に決めてしまったんです」

 インターハイ、または高校総体と呼ばれる、様々なスポーツの各都道府県の高校生の代表が一堂に会するイベントは、運動系の部活に所属する高校生達にとって大きな目標のひとつである。叶も高校でボクシング部に入った時には意識したが、その後先輩の暴力沙汰ぼうりょくざたのせいで廃部になった為、全く縁が無くなってしまった。驚きを隠さず、叶が訊く。

「え? そりゃ英断だな。他の部員から文句はつかなかったの?」

「そこが問題なんです」

 美緒は顔を上げ、叶を真っ直ぐ見て応えた。そのうれいを含んだ眼差まなざしに、叶が少しだじろぐ。

「忍が投げた主将は、入部当初からずっと、インターハイ予選では個人戦と団体戦、両方の代表に名を連ねていたそうなんです。それが、今回個人戦の代表から外される事になって、本人はとても納得が行ってないそうなんです」

「プライドが傷ついたんだろうな。何となくそいつの気持ちも判るな。それで、主将から嫌がらせでも受けてるのかな忍君は?」

 叶の問いかけに、美緒は小さくかぶりを振った。

「問題は、それだけじゃないんです。実は……インターハイ予選の日程と、漫画の新連載一回目の原稿の締め切りが、重なっちゃったんです」

「あ、そういう事か……それは色んな意味でキツいね」

「それから……忍は前にも増してふさぎ込む様になって、稽古にも身が入らなくなって、漫画も進まなくなったみたいで、それで、急に居なくなっちゃって」

「そうか……それで、この事はどこまで秘密にしなきゃならないの?」

 事情が判った所で、叶は捜索そうさくに関する話に切り替えた。依頼人の求める条件をクリアにしておかなければ、探偵は仕事に着手できない。

「できれば、父は勿論もちろんですけど、学校にも、それから編集部の方にも内密にして欲しいんです。忍本人が、自分がバニー服部である事を私以外には知られたくないそうなので」

「そう……ウーン」

 叶は片手に持っていたスマートフォンをテーブルに置き、腕を組んで暫く考え込んだ。

 父親どころか、学校にも出版社側にも知られない様に捜索を進めるのは、かなり難易度なんいどが高い。それに、忍を見つけられたとしても、その忍本人が自宅や学校に戻る事をこばむ可能性が大いにある。

 押し黙った叶に、美緒は悲しげな目で訴えた。

「お願いします。忍を、弟を助けてください。私はこんな身体だから、代わりに柔道で戦う事もできないし、不器用だから漫画を代わりに描いてやる事もできません。でも、苦しんでいるあの子を、どうしても助けたいんです。お願いします!」

 最後には、美緒はテーブルに両手をついて、深々と頭を下げた。血を分けた弟を思う姉の必死な気持ちが、叶の心に鋭く突き刺さった。

 叶は組んでいた腕を解くと、上半身を前にかがませて優しい口調で告げた。

「判った。引き受けるよ」

 直後、美緒が顔を上げて、うるんだひとみで叶を見返して言った。

「あ、ありがとうございます!」


《続く》


 

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