おとうと #5

 美緒はかぶりを振り、ミルクティーをひと口飲んでから話を続けた。

「元々、忍はあんまり外に出たがらない子で、小さい頃からずっと部屋で漫画ばかり読んでました。その内、その漫画のキャラクター等を真似まねく様になりました。それが、身内の私が言うのも何なんですけど凄く上手で……私に絵心えごころが無いせいもあるかも知れないんですけど」

「へぇ、そっちの才能の方が先に開花してたんだ」

 叶の言葉に、美緒の表情が少しだけゆるんだ。

「はい、私や母が絵をめると、忍は本当に嬉しそうに笑うんです。でも、父だけは一切褒めたりしなくて、『そんな事やってる暇があったら稽古しろ』とか言ってました。だから忍は、父の前では絵を描かずに、部屋に閉じこもって描く様になりました。それで、小学校に上がったくらいから、漫画家になりたいって思い始めたんです。私にだけ、こっそり打ち明けてくれました。その時私、無責任にあおっちゃったんです。絶対になれるから、頑張れって」

 数度頷いてコーヒーを飲んだ叶が、カップを置いて訊いた。

「それでも忍君は、柔道辞めなかったんだ」

「無理です……父が、辞めさせてくれる訳ありませんから。だから忍はずっと、我慢がまんして柔道を続けたんです。でも――」

 美緒が言葉を切った。叶は先をうながすでもなく彼女を見つめる。美緒は残りのミルクティーを飲み干してから再び口を開いた。

「去年、忍がひそかに描いていた漫画を、雑誌の新人賞に応募したんです、私達にも内緒で。そしたら、入選しちゃったんです」

「入選? そりゃ凄いな、プロに一歩近づいた訳だ」

 気楽な調子で言う叶に対して、美緒はいたって深刻しんこくな顔で続ける。

「それはそうなんですけど、雑誌の編集者の方から連絡が来た時に、忍が対応に困って私に助けを求めて来たんです。その時に私は入選の事を知って、忍がどうしても父にバレない様にしたいって言うものですから、仕方なく私が、忍の代わりに編集者の方とお話する事になったんです」

 言い終えた美緒が、通学かばんの中から一冊の漫画雑誌を取り出した。その雑誌を見た叶の目が、大きく見開かれた。

「え? これ?」

 雑誌のタイトルは『月刊少女パステル増刊号』。そう、忍が入選を果たしたのは少女漫画誌の新人賞だった。

「はい、この本に、忍が入選をいただいた漫画が掲載されたんです」

 美緒が見せたページには、『最も危険なふたり』というタイトルと、とても先ほどの写真に移った無骨ぶこつそうな風貌からは想像もつかない美麗びれいな絵柄のキャラクターがっていた。作者名は『バニー服部』となっている。

「こ、このペンネームは?」

 思わず笑いそうになるのを、顔面の筋肉に無理矢理力を入れてこらえながら叶がたずねると、美緒は弟の描いた絵をいつくしむ様に見つめながら答えた。

「忍が、自分で考えたんだと思います……彼はウサギ年ですから」

「あ、あぁそう、ウサギ年、ね」

 顔を引きつらせて細かく頷く叶だが、忍の風貌ふうぼうと絵柄、更にペンネームのネーミングセンスとのギャップにすっかり混乱していた。

「この作品が掲載されてから、読者から結構反響があったそうで、連載をさせてもらえる事になったんです」

「え!? 本当に?」

 突然のサクセスストーリーに驚く叶だったが、美緒の表情は寧ろ暗さを増した様に見えた。

「はい、それからは私も何度も編集者の方と話し合ったり、忍と一緒にお話を考えたりして、第一回目の掲載号も決まったんですけど、そこでまた問題が起きたんです」


《続く》



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