おとうと #3

「弟、さんを?」

 叶がくと、美緒はうなずいて上着のポケットからスマートフォンを取り出して操作し、画面に写真を表示して叶に向けた。

「弟の、しのぶです」

 映し出されていたのは、使い込んだ柔道着に包んだ上半身をやや丸め、卑屈ひくつそうな表情で上目遣うわめづかいにこちらを見る大柄おおがらな若者の姿だった。すぐ隣に立つ美緒と比較すると、彼の身体の大きさがよく判った。

「へぇ、柔道やってんだ」

 軽い口調で言う叶に対して、美緒は歯切れ悪く、「ええ、一応」と応える。その反応に不審を覚えながらも、叶は質問を続ける。

「で、忍君は、いつから居なくなったの?」

「三日前、です。部活が終わる時間が過ぎても帰って来なかったので、弟のスマホに電話をかけたんですけど、出なくって……学校に連絡したらとっくに帰ったって言われて」

 美緒の話を聞きながら、叶は自分のスマートフォンのメモ機能を使って要点を書きつけて行く。

「そう……て事は、学校もこの事は知ってるんだ」

「あ、いえ、学校には、具合が悪いって言ってあります。忍が帰ってない事は、私と母しか知らないんです」

「そう、ん? お父さんは?」

 叶の素朴そぼくな疑問に、美緒は表情を曇らせた。

「それが、あの……探偵さんは、服部源治郎はっとりげんじろうという柔道家を、ご存じですか?」

「へ? あ、いや、柔道はそんなに詳しくなくて」

 何故か照れ笑いする叶に、美緒は静かに話し始めた。

「父、服部源治郎は、かつて全日本選手権の無差別級むさべつきゅうで優勝一度、準優勝三度の実績を残していて、オリンピックには出られなかったんですけど、私達が小さい頃は日本代表のコーチもしていました。今は、肝臓かんぞうを悪くして入院してるんです」

「肝臓、ね」

 恐らく酒の飲み過ぎか何かだろうと心の中で見当をつけた叶が頷いていると、美緒が続けた。

「実は、忍と父は、上手く行ってないんです」


《続く》

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る