おとうと #2

 翌日の夕方、玲奈が『叶探偵事務所』に連れて来たのは、やけに肌の白い、どことなく薄幸はっこうそうな女子高校生だった。

「初めまして、服部美緒はっとりみお、です」

 緊張気味に自己紹介する美緒は、隣に立つ玲奈の一歳上の高校三年生の筈なのに、小柄な玲奈と大差無い身体からだつきだった。叶がソファをすすめると、軽く頭を下げて腰を下ろした。すると、玲奈が安堵あんどした様に言った。

「よし、じゃあよろしくね、アニキ」

「え? オマエ一緒に居ないのか?」

 虚を突かれた叶が間抜け面で見上げながら問い返すと、玲奈は呆れ顔で応えた。

「ウチこれからバイト! 知ってるでしょ!?」

「あ、そうか」

「もぉ、あ、下にコーヒー頼んどくね。先輩は、何にします?」

 玲奈が口にした「下」とは、この事務所の真下にある『喫茶 カメリア』の事である。

 玲奈の問いに、美緒は肩越しに振り返って答えた。

「あ、じゃあお言葉に甘えて、ミルクティーをお願いします」

「OK。じゃ、また」

 微笑しつつ手を振り、玲奈は事務所を出た。その後ろ姿を見送る叶に、美緒が言った。

「仲、よろしいんですね」

「え? いやいや、生意気で困ったもんだよ」

 かぶりを振った叶が、改めて名刺をテーブルに差し出しながら自己紹介をした。

「叶です。よろしく」

 美緒は差し出された名刺をまじまじと見てから手に取った。

「探偵さんって、私会うの初めてです」

 初々ういういしい反応に微笑で応えて、叶は本題に入った。

「それで、依頼の内容なんだけど」

「あ、はい」

 美緒がしゃべりかけた所へ、突如とつじょ事務所の玄関扉が大きく開かれた。

「お待たせー!」

 甲高かんだかい声がひびいた途端とたん、美緒が急に肩をすくませた。その反応を見た叶が、「大丈夫?」と訊きながら顔を覗き込むと、顔色がやや青ざめて見えた。そんな事には全く気づかない声の主は、コーヒーカップを二客乗せたトレーを持って軽やかな足取りで事務所に入って来た。『喫茶 カメリア』のマスターの妻にして自称看板娘の椿桃子つばきももこである。

「ハーイともちん、あの小生意気なチビのオーダー通り、コーヒーとミルクティーをお持ちしましたわよ~、って、どおしたの?」

 ふたりのすぐ脇まで来てやっと状況をつかみかけた桃子が、目を丸くして叶に訊くと、叶はとがめる様な目で桃子を見上げた。

「ママ、じゃなくて桃ちゃんが急に入って来るから、ビックリしちゃったんだよ」

「あら! そうなの~それはごめんなさいね~」

 桃子は眉毛を八の字にして謝ると、トレーからカップを下ろしてそそくさと退散した。

叶は息を吐いてから、改めて美緒の様子を伺った。

「だ、大丈夫?」

 すると、美緒は胸を押さえて何度か深呼吸してから、やっと青白い顔を上げて答えた。

「は、はい、大丈夫、です」

 少しいぶかしみつつも、取り敢えず叶は美緒にミルクティーを勧めた。美緒は軽く頷いて、カップを取って口に運んだ。叶もコーヒーをひと口啜すする。

 暫くの間、事務所を沈黙が支配した。その静寂せいじゃくを、年若い依頼人が破った。

「実は……弟を探して欲しいんです」


《続く》


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る