匿う男 #16

 ナイフが叶の首へ向けて伸びるが、叶は左腕でラビットの右腕を下から跳ね上げ、渾身こんしんの右フックを顔面に叩き込んだ。

「ぐぁっ」

 ラビットの身体が捻れながら飛び、タンクの上におおかぶさる様に倒れ込んだ。

「……食えねぇウサギだ」

 叶が右手を振りながら吐き捨てた直後、パトカーのサイレンが聞こえて来た。構わずに叶が再びソファに座り込むと、玄関の扉が開いて石橋と古沢が入って来た。続いて玲奈が飛び込み、うなだれる叶を見つけて駆け寄った。

「探偵さん!」

「急にデッカい声出すな、頭に響く」

 顔をしかめる叶に、石橋が声をかけた。

「大丈夫か、叶君?」

 叶は顔を上げて、表情を歪めたまま上目遣いに石橋を睨みつけた。

「何でアンタが来てる!?」

 答えようとする石橋をさえぎり、古沢が進み出て答えた。

「申し訳ないのですが、貴方の事はずっとマークしていました。石橋さんの勘を信じて」

「へぇ、だったらアイツ等がここに入った時点で踏み込めたんじゃないのか? こっちは余計な体力使わされてんだぜ」

 叶が語気を強めて訊くが、古沢は至って冷静に返した。

「確証が欲しかったんですよ、玲奈さんが狙われてるって言う」

「……いい性格してるよ」

 そっぽを向いて言うと、叶は制服警官に連行されるラビットとタンクを一瞥してから立ち上がり、デスクの方へふらつきながら歩いた。その様子を見た玲奈が肩を貸す。その背中に、古沢が言った。

「叶さん、署までご同行願えますか?」

「断る。オレは事件とは無関係だ」

「いえ、貴方はもう被害者です。それに――」

 古沢は一旦言葉を切り、玲奈に視線を移して告げた。

「玲奈さんにお話をうかがう必要がありまして」

「ボディガードなんだろ?」

 石橋がひと言えると、叶は石橋と古沢を見てから自分の脇に頭を入れている玲奈を見下ろし、頭を掻いて溜め息を吐いた。

「仕方ねぇな、着替えるから待ってろ」

 言い置いて、叶は玲奈の助けを借りてパーテーションの裏へ入った。


 坂上署の会議室で、叶と玲奈が並んでパイプ椅子に座り、対面に石橋と古沢が肩を並べる。古沢の手元にはノートが開いて置いてある。ボールペンをもてあそびながら、古沢が口を開いた。

「貴方がたを襲った二人組ですが、完全黙秘かんぜんもくひです。我々は、彼等はプロの殺し屋だと睨んでいますがね。で、ひとりが所持していたナイフは、仁藤巧さんを刺した凶器と断定されました」

 深刻な顔で頷く玲奈に、古沢が訊いた。

「玲奈さん、彼等は何故貴方を襲ったのですか? もう犯人も逮捕した事ですし、教えてもらえませんか?」

 玲奈が、困った様に叶を見た。叶が無言で頷くと、玲奈も頷き返してライダースジャケットのポケットからスマートフォンを出して、繋がった白熊のぬいぐるみを示した。

「あいつら、これが目当てだったみたい」

「これは?」

 古沢の問いに、叶が代わりに答えた。

「親父さんからのプレゼントだと」

「これを、彼等が?」

 不思議そうに白熊を見つめる古沢と石橋をよそに、叶は玲奈に断ってから白熊を注意深く調べ始めた。そして、背中の縫い目に乱れがある事に気づいた。

「ん?」

「どうした?」

 叶の反応を見た石橋が訊くが、叶は答えずに要求した。

「オイ、何か切る物くれ」

 古沢が反応して腰を上げ、一旦会議室を出た。一分もせずにペーパーナイフを持って戻り、叶に差し出した。叶はナイフを受け取ると、乱れた縫い目に先端を入れてゆっくりと糸を切った。開いた合わせ目を指で開くと、綿わたの中に小さな黒い物体を見つけた。

「これは……」

 叶が呟きつつ中に指を突っ込み、中身を引き抜いた。出て来たのは、メモリーカードだった。

 叶はナイフを置き、自分のスマートフォンを取り出してカードスロットを開け、あらかじめ入れてあった自分のメモリーカードを抜いて取り出したカードを挿入した。石橋と古沢が同時に立ち上がり、叶の後ろに回り込む。叶は嫌そうな顔をしつつ、メモリーカードのデータを呼び出した。表示された画像を見た石橋と古沢が、そろって瞠目した。


《続く》


 


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