匿う男 #15

 玲奈の右拳がうなりを上げて、ラビットの下腹部に深々とめり込んだ。

「あぁっ!!」

 甲高かんだかい悲鳴と同時に、ラビットがナイフを落とし、股間を押さえてその場に膝を着いた。直後に玲奈はスマートフォンをキャッチして玄関へダッシュした。

「このクソガキ!」

 思わぬ逆襲に激昂げっこうしたタンクが玲奈を追おうとした時、叶の手がタンクの肩を掴んだ。その握力は、いささかもおとろえてはいない。

「オマエの相手はオレだろ」

 叶が言うと、タンクが振り向きざまにフックを放った。だがその拳は空を切り、逆に叶の拳がタンクの腹に突き刺さった。

「ぐぉっ」

 タンクが身体をくの字に折って悶絶もんぜつする間に、叶が玲奈に向かって叫んだ。

「逃げろ!」

 頷いた玲奈が玄関から身体を出しかけて、まだうずくまっているラビットを振り返って言った。

「ウチが女だからって油断してんじゃねぇよ、バァーカ!」

 ついでに舌を出してから、玲奈は脱兎だっとの如く逃げ出した。叶が安堵の溜め息を漏らすと、タンクが歯をきしらせながら身体を起こした。

「野郎、ブッ殺す」

 叶は血の混じった唾を床に吐き、ファイティングポーズを取って言い返した。

「やってみろ、チンピラ」

 叶の挑発に乗る様にタンクが床を蹴り、二段蹴りを繰り出した。だが叶は冷静にバックステップでかわし、タンクの顔面に左ジャブを当ててのけ反らせ、空いたボディに右ストレートを打ち込んだ。それでもタンクは鬼の形相ぎょうそうで左フックを打つが、大振りなので叶にあっさりダッキングで避けられて、また左ジャブを食らう。

「てめぇ、何でそんな力が残ってんだ?」

 目を血走らせてタンクが訊くと、叶は鋭い視線でタンクを見返して答えた。

「言ったろ、オマエの攻撃が軽いって」

「ぬかせ!」

 逆上したタンクが左右のパンチを連打するが、叶の身体にかすりもしない。打ち疲れたタンクの顔面に、狙いすました叶の右ストレートが吸い込まれた。

「ぶぉっ」

 タンクの身体が吹っ飛び、デスクに背中から激突した。そのまま、タンクは気を失って床に崩れ落ちた。

抹殺まっさつの、ラストブリットだ」

 大きく息を吐きながら呟くと、叶は倒れたソファを起こして座り込み、深く頭を垂れた。だが、デスクの向こうから聞こえた物音に、顔を歪めて頭を上げる。

 玲奈のパンチによるダメージから回復しつつあるラビットが、額に脂汗あぶらあせを浮かべながらデスクの端を掴んで身体を起こした。脚はやや内股である。

「た、探偵さん……やるね、タンクを、た、倒すなんて……」

 叶は膝に手を付いて立ち上がり、ラビットに歩み寄った。

「一応元プロボクサーなんでな……それよりオマエ等、何でそこまでしてあの娘を狙う?」

 叶の質問に、ラビットはぎこちない笑顔で返した。

「言う訳、無いじゃん……守秘義務、って奴」

「何が守秘義務だ、どうせ金でやとわれた殺し屋か何かだろうが」

「探偵さんだって、一緒だろ?」

 挑戦的な目で言い返すラビットを、叶は怒りのこもった目で見下ろした。

「一緒にするな、少なくともオレはラビットなんてダセェニックネームは名乗らねぇ」

「ダサい? あ、そう……おれ、ウサギ年なんだよね」

「ほぉ、じゃあタンクは何なんだ? 戦車年か?」

 叶がバカにした様に訊くと、ラビットは気絶しているタンクを見て言った。

「タンクは、頑丈だからね……LOLから取ったんだ」

「LOL? 何だそりゃ」

「オンラインゲームだよ、知らないの?」

「生憎ゲームなんかやってる暇は無くてな」

 叶がそっぽを向いて答えた瞬間、ラビットが叶に向かって飛びかかった。その右手には、いつの間に拾ったのか、ナイフを握っている。


《続く》

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