匿う男 #14

「そこでさ、そいつの事ボッコボコにしていいよ、この娘の目の前でさ」

 心底楽しそうにラビットが言うと、タンクは無言で数回頷いてから、空いた手で叶の顔面に強烈なフックを叩き込んだ。壁まで吹っ飛ぶ叶を見て、玲奈が喚く。

「探偵さん!」

 ラビットは笑顔のまま、ナイフを玲奈の首筋に押し当てて叶に告げた。

「探偵さん、もしもやり返したら、この娘の命は無いよ」

 ラビットの宣告せんこくに、身体を起こした叶が反駁しかけるが、そこへタンクの横蹴りが入った。

「やめて!」

 絶叫ぜっきょうする玲奈に、ラビットがささやく。

「探偵さんを助けたかったら、正直に言ってくれよな」

「な、何を?」

 訝しげに訊き返す玲奈に、ラビットは表情を引き締めて言った。

「君がパパからもらった誕生日プレゼントって何だよ?」

 玲奈の表情が一瞬で強張こわばった。変化を見逃さずにラビットが続ける。

「あの時さぁ、もうちょっとでパパから聞き出せたのに、君が部屋に入って来ちゃったから聞けなかったんだよね。仕方無かったんだけどな、パパが急に逃げろーとか騒ぐから、刺すしかなかったんだよ」

 ナイフで玲奈の頬を数度叩きながら、ラビットが鮫の様に笑った。玲奈の背中に、悪寒おかんが走る。

 その間にも、叶はタンクによって人間サンドバッグにされていた。だが、どんな強打を受けても叶の目は光を失わない。タンクが床につばを吐いて言った。

「なかなかタフだな、やり甲斐がいがあるぜ」

 叶はタンクを上目遣いに見て、口の端の血を手の甲で拭いながら言い返した。

「オレがタフなんじゃねぇ、テメェの攻撃が軽いんだ」

「何を!?」

 怒ったタンクが、左右のボディブローから右ハイキックに繋げた。窓際へ飛ばされた叶の姿を見て、玲奈が涙声で叫ぶ。

「もうやめて! 死んじゃう!」

「だったら!」

 ラビットは一旦言葉を切り、玲奈の耳元に顔を寄せて優しい口調で言った。

「パパからもらったプレゼント、おれにちょうだい」

 ラビットの言葉を聞きつけた叶が、起き上がりながら叫んだ。

「やめろ! 渡したら殺されるぞ!」

「黙れ!」

 タンクの前蹴りが叶の顎を捉え、叶はまたも窓際に叩きつけられる。

「探偵さん!」

 玲奈の声をかき消す様に、タンクが大喝だいかつする。

「さっさと出せ!」

「さぁ、早く出しなよ。でないと本当に、探偵さん死んじゃうよ、君のせいで」

 涙でかすむ玲奈の視界に、ボロボロになりながらも立ち上がろうとする叶の痛々しい姿が映る。鼻を啜ってから、玲奈が告げた。

「……判ったよ。プレゼント、渡す」

「やっとその気になってくれたか。で、プレゼントって何?」

 安堵した様子のラビットの問いに、玲奈は数秒間を置いてから答えた。

「スマホにくっついてる」

「へぇ、どこにあんの?」

「今出すから、手ぇ離してよ」

 玲奈の答を聞いたラビットが、同意を求める目でタンクを見た。タンクは無言で頷き、右手で叶の首を掴んでから玲奈に告げた。

「判ってるな、妙な真似したらこいつは死ぬぞ」

 玲奈も無言で頷く。ラビットが腕を離すと、玲奈は自由になった右腕を数回振ってから、ライダースジャケットのポケットに手を突っ込み、スマートフォンを抜き出す。同時に、白熊のぬいぐるみも姿を現す。それを見たラビットが問いかける。

「それ?」

玲奈は頷くなり、手にしたスマートフォンを天井高く投げ上げた。

「えっ?」

 室内に居る男三人の視線が、一斉いっせいに空中のスマートフォンに注がれた。その瞬間、玲奈の身体が高速で反転した。

「エイッ!」


《続く》


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