匿う男 #10

「おっ、来た来た!」

 待ちかねた様に手をみ合わせる叶と、期待をにじませた表情の玲奈の前にシチューが置かれた。温かな湯気を立てるその姿を目の当たりにして、玲奈が思わず声を漏らす。

「うわぁ、美味しそう」

「だろ?」

 笑顔で応じた叶が、シチューの傍らに置かれたスプーンを手にした。

「いただきます」

 叶につられて、玲奈もスプーンを取る。

「いただきまぁーす」

 二人がほぼ同時に、シチューを口に運んだ。途端に、玲奈の目が大きく見開かれた。

「お、美味しい!」

 玲奈のリアクションを見て満足げに頷いた叶が、カウンターの風間に向けて親指を立てた。風間は食器を洗いながら、口角を上げた。


『WINDY』を出てコインパーキングに戻る途中、玲奈が叶に声をかけた。

「ねぇ、探偵さん」

「何だよ?」

「下着買いたい」

「はぁ?」

 思わず足を止めて振り返る叶に、玲奈が更に言う。

「だって、家に入れないから着替えらんないじゃん? だから下着だけでも替えたい」

 反論しかけた叶だが、数秒考えてから溜息混じりに返した。

「判ったよ」

「やったぁ」

 素直に喜ぶと、玲奈は叶を追い越して小走りにコインパーキングへ向かった。

「現金な奴」

 頭をかいて呟き、叶も足を早めた。


 繁華街はんかがいに出た二人は、若い女性が多く利用するファッションビルに入った。玲奈は何度も訪れているらしく、同世代の女性達が溢れる中をう様に先へ進むが、初めて入った叶は玲奈の姿を見失わない様について行くのが精一杯だった。

「しかし、本当にオンナばっかりだな」

 時折周囲に目を移しては、自分が場違いな存在だと感じてしまい、玲奈の背中に視線を戻す。

 やがて、玲奈が行きつけのランジェリーショップに入った。店の前で足を止めた叶が、所在なげにたたずんでいる所へ、玲奈が戻って来て叶の腕を掴んだ。

「ちょっと! 何やってんの? ボディガードでしょ!?」

「いや、さすがにここは……オレここに居るから、オマエ行って来いよ」

 叶が照れ笑いしながら拒否するが、玲奈は一切聞き入れずに、叶を無理矢理店内に引っ張り込む。

「ダーメ! ほら、来て!」

「オイ、ちょっと待てよ!」

 抵抗し切れずに店内に入ってしまった叶が、店員に愛想笑いした。店員も遠慮がちに笑顔で会釈する。

 玲奈は叶の腕をしっかり掴んだまま、色とりどりの下着を物色し始めた。叶は目のやり場に困り、視線を宙に彷徨さまよわせる。

 気になった下着を何着かピックアップした玲奈が、試着室しちゃくしつへ叶を連れて行った。

「オイ、今度は何だよ?」

「ちゃんと見張っててよね、ボディガードなんだから」

 叶に言いつけてから、玲奈は靴を脱いで試着室に入り、カーテンを閉めた。

「ったく……」

 溜息を吐いて、叶は試着室の脇の壁に凭れかかり、腕を組んだ。上着のポケットからスマートフォンを取り出してはみるが、特にメール等が来ている訳でもなく、玲奈の様にゲームもしないので、すぐにポケットに戻してしまう。

 数分後、カーテンの向こうから玲奈が叶に呼びかけた。

「ねぇ探偵さぁん」

「何だよ?」

「ねぇってばぁ~」

「何だっての?!」

 苛立いらだちを露わに叶が試着室の方に顔を向けると、突如カーテンが開いて下着姿の玲奈が満面の笑顔で問いかけた。

「似合うぅ?」

 途端に、叶の首から上が真っ赤になった。

「バカ! 何やってんだ!!」

 叶が慌ててカーテンを閉め、周囲を見回した。店員や他の客の冷ややかな視線に、叶は愛想笑いを浮かべるしか術が無かった。その一方で、玲奈は試着室の中で楽しげ笑っている。

「大人をからかうんじゃないよ」

 叶が小声で注意するが、玲奈は聞く耳を持たずに笑い続けていた。


「あぁ疲れた。お腹空いたな」

「何やってたんだ?」

陸運局りくうんきょくのデータベースに入ってたんだ。結構キツかったけど、何とかなったよ」

「そうか。でも、それからどうやってあの娘が乗って行った車の持ち主を特定するんだ?」

「こっからは簡単さ。あの道は幹線道かんせんどうじゃない、片側一車線の広くない道だから、地方から出て来た人はそんなに通らないと思う。て事は、運転してたあの男はあそこからそんなに遠くない所に住んでる筈だ」

「なるほど、あそこに近い住所の奴をピックアップすればいい訳か」

勿論もちろん、裏は取るけどね」

「まぁ、取り敢えず飯にするか」


《続く》

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