匿う男 #9
『開明社』を離れたバンデン・プラは、数十分ほど走ってコインパーキングに入った。叶は運転席から出る際に、助手席でむくれたままスマートフォンを見ている玲奈を振り返って言った。
「行くぞ」
「どこ行くの?」
「古い知り合いの店だ。ビーフシチューが絶品なんだぜ」
自慢げに答えて、叶は先に立って歩き出した。興味無さげな顔で、玲奈が後に続く。
二、三分で、二人は『レストラン&バー WINDY』に到着した。叶が木製の扉を引き開けると、内側に取り付けられたベルが軽快な音を立てた。
「ウェルカーム、おっ、珍しいのが来たな」
店内のカウンターの中で料理を作っていた初老の男が、入って来た叶を認めて声を上げた。叶は微笑して答える。
「どうも、ごぶさたっス、
風さんと呼ばれた男、
「良い
やや暗めの照明と、木目を活かした
出迎えたウェイトレスに
「ビーフシチューをパンで。それと、ブレンド」
玲奈は一旦テーブル脇に立ててあるメニューに手を伸ばしかけたが、少し逡巡して口を開いた。
「……じゃ、ウチも同じの」
「かしこまりました。ビーフシチューをおふたつ、パンで、ブレンドコーヒーもおふたつで。コーヒーはいつお持ちしますか?」
「後で」
叶が言って、ウェイトレスは会釈しつつ伝票にオーダーを書きつけ、再び会釈して立ち去った。その後ろ姿を見送り、水をひと口飲んで叶が立ち上がった。玲奈が見上げて訊く。
「どうしたの?」
「ちょっと風さんに話がある」
ひと言告げて、叶はテーブルを離れてカウンターに近寄り、端のスツールに腰を下ろした。叶達以外には、五、六人しか客は居ない。
「あんまり入ってないッスね」
叶が言うと、風間はシチューを煮込みながら店内を見回して答えた。
「
風間が顎をしゃくった先、出入口の扉の脇にはやはり麻美の顔写真入りのチラシが貼ってある。
「いや、行きがかり上、ボディガードやる事になっちゃって」
「ボディガード? ま、おまえさんにはそっちの方が合ってるかもな」
苦笑する叶に、風間が更に尋ねる。
「で、おまえさんが久しぶりにここに来たって事は、何か行き詰まってるな?」
「……さすが風さん」
ばつの悪そうな表情で、叶は仁藤巧についてのあらましを話した。風間は俯き加減で時折頷きながら聞き、話が終わると顔を上げて言った。
「判った。何とか調べてみる」
「お手数かけます」
叶は軽く頭を下げると、周囲を見てからそっと一万円札を風間に差し出した。風間は素早く受け取ってズボンのポケットにしまい、鍋を
「もうすぐシチューができるぞ。早く席に戻んな」
「どうも」
叶がスツールを下りてテーブルに戻ると、それまでスマートフォンを見ていた玲奈が
「ねぇ、あの人、風さんだっけ? 何なの?」
「何って……あぁ、風さんは昔、暴走族のリーダーだったらしいぜ」
「え? そうなの?」
「それだけじゃなくて、族を解散した後に、警察官になって白バイに乗ってたんだと」
「えぇっ?! 真逆じゃん!」
玲奈が思わず振り返って風間を見た。その視線に気づいた風間が、玲奈に軽くウィンクした。何故か顔を赤らめて首を戻し、玲奈が更に訊く。
「何で急に警察になんて?」
「さぁ、本当かどうか知らんが、ずっと取り締まられる側だったから、一度取り締まる側に回ってみたかったらしい」
「へぇ~」
興味深げに玲奈が頷いていると、ウェイトレスが二人分のビーフシチューとパンをトレーに乗せて運んで来た。
「お待たせしました」
《続く》
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