匿う男 #7

 叶は深い溜息をいてから、デスクの方を向いて言った。

「もういいぞ」

 デスクの下から出て来た玲奈は、何故か不満そうだった。

「何だよ? 狭いのダメだったのか?」

 叶が訊くと、玲奈は叶の対面へ腰を下ろして訊き返した。

「何でウチの事隠したの?」

「依頼人を守るのも探偵の義務だよ」

「それだけ?」

「はぁ? 何が言いたいんだ?」

「……別に」

 それきり、玲奈は押し黙ってスマートフォンに向かった。叶は困り顔で首をかしげつつソファから立ち上がり、玄関の真向かいにある扉を開けて給湯室に入った。冷蔵庫を開けてミネラルウォーターのペットボトルを取り出すと、その場でラッパ飲みして冷蔵庫に戻し、奥にあるトイレで用を足して出た。

 玲奈の後ろを通ってデスクに取り付き、アームチェアに座って引き出しからノートパソコンを出して起動する。

「オイ玲奈、オマエの親父さんの名前、漢字でどう書くんだ?」

 叶の質問に、玲奈は面倒臭そうにソファから腰を上げてデスクに近づき、無料通信アプリを使って『仁藤巧』と入力して画面を叶に突き出した。

「これ」

「サンキュー」

 文字を確認して礼を言うと、叶はポータルサイトの検索エンジンに仁藤の名前を入力して検索をかけた。筆頭に仁藤の仕事用のホームページが上がったので閲覧えつらんしたが、本人の略歴りゃくれきと依頼を受ける為のメールアドレス、過去に撮影した風景写真が掲載されているくらいで、特に命を狙われる様な材料は見当たらない。辛うじて、略歴に以前の勤務先が記載してあったので、社名を記憶してホームページを閉じた。他の検索結果をいくつかながめてみたものの、大した収穫は得られなかった。

 落胆してノートパソコンを閉じた叶に、玲奈が言った。

「ねぇ、やっぱ一回家帰りたい」

「ダメ」

「何で?」

「刑事が来たって事は、もうオマエの家には鑑識かんしきが入ってるはずだ。今頃はドアの前に立ち入り禁止のテープが貼ってあるよ」

「もう終わってるかもしれないじゃん!?」

 強い口調で混ぜ返す玲奈を見て、叶は溜息混じりに言った。

「……判ったよ。ちょっと行く所あるから、ついでに見に行くか」

「やった!」

 喜ぶ玲奈を見て微笑する叶が、ふと疑問を覚えた。

「あれ? オマエ学生じゃないのか? 学校行かなくていいのか?」

「学校? あぁ、自主停学」

 玲奈の自分勝手な答に、叶はあきれ返った。

「何が自主停学だよ、要するにサボリだろうが。そんな事してたら本当に停学になっちまうぞ?」

「関係ないじゃん、パパみたいな事言わないでよ」

「……ハイハイ。それじゃ行くぞ」

 会話を打ち切った叶が、デスクの引き出しから車の鍵を取り出して玄関へ向かい、玲奈が無言で後に続く。

 叶が階段で一階へ下りて振り返ると、ついて来た筈の玲奈が見当たらない。

「あれ?」

 焦って周囲を見回す叶に、エレベーターから出て来た玲奈が声をかけた。

「何やってんの?」

「オマエさ、若いんだから歩けっつったろ?」

 叶が言うと、玲奈は目をらしつつ返す。

「いいじゃんどっちでも。だりぃし」

 叶は舌打ちを残して先へ進んだ。玲奈はライダースジャケットのポケットに手を突っ込み、膨れっ面でついて行く。

 月極駐車場に停めてあるバンデン・プラに乗り込んだ叶がエンジンをかけると、助手席に収まった玲奈が訊いた。

「ねぇ、この車ってスマホつなげないの?」

「古い車だからな、そんな今風なもん付いてねぇよ」

「マジ? える」

 うなだれる玲奈を横目に、叶はカーラジオのスイッチを入れた。流れて来たのがニュース記事を読むアナウンサーの声だった為、玲奈はあからさまに嫌そうな顔で窓の向こうへ視線を飛ばした。

 駐車場を出たバンデン・プラは、熊谷ジムへ向かうコースに乗り、昨夜叶と玲奈が出逢った地点で横道に入った。暫く進んだ所に玲奈が住むマンションがある。

「停めて!」

 玲奈の指示に従って叶が停車するなり、玲奈がシートベルトを外して外へ飛び出した。だが自分の部屋を見上げた瞬間、表情がかげった。

叶が言った通り、部屋の扉には警察によって『立入禁止』のテープが貼られていて、その前に制服警官が立っていた。

 運転席から出た叶が、ルーフ越しに玲奈に声をかけた。

「納得したか?」

 玲奈は力無く頷き、肩を落として助手席に戻った。叶も運転席に戻り、車を出した。

 数分の間、車内にはラジオの音のみが流れていたが、やがて玲奈が口を開いた。

「ねぇ、これからどこ行くの?」

「オマエの親父さんが前につとめてた出版社。まぁアポ取ってないから中には入れないが、出て来た社員に話を聞いてみる」

「ふーん」

 興味無さそうに返して、玲奈はスマートフォンを取り出した。

 十分ほどで、バンデン・プラは『株式会社 開明社かいめいしゃ』の前に到着した。


《続く》


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