匿う男 #6

「失礼します」

 微笑びしょうを浮かべて入って来たスーツ姿の中年男性が、警視庁捜査一課強行犯係けいしちょうそうさいっかきょうこうはんがかり石橋大介いしばしだいすけ刑事である。石橋は所轄署しょかつしょ時代に麻美の失踪事件しっそうじけんを担当していたが、捜査途中で警視庁へ異動した為に叶から『無能刑事』と呼ばれ嫌われている。だがその後も何度か事件を通じて叶と関わっている、叶にとって因縁いんねんの相手だ。

 石橋に続いて、同じくスーツ姿の若い男が事務所に足を踏み入れた。石橋がジャケットの左襟に『S1S』と記された、警視庁捜査一課所属を示す赤いバッジを付けているのに対して、その若者は何も付けていない。恐らく所轄署の刑事であろう。

 重大な事件が発生した場合に、事件が起きた地域の所轄署に捜査本部が設置せっちされるが、召集しょうしゅうされた捜査員の振り分けは、往々にして警視庁所属の捜査員と所轄の捜査員をペアにする。

 叶は胸騒むなさわぎを覚えつつ、二人にソファをすすめて自らも対面に腰を下ろした。

「急に来たから、茶も何も出せないぜ」

 叶がぶっきらぼうに告げ、石橋が苦笑してかぶりを振る。

「いやいや、お構いなく。で、こちらが――」

 石橋が紹介しようとするのを手で制して、若者が身分証を提示ていじしながら自己紹介した。

坂上署さかがみしょ捜査課の古沢ふるさわです。石橋刑事とは、お知り合いだそうですね」

 提示された身分証には「古沢ふるさわ かおる 巡査じゅんさ」と表記されていた。叶は一瞬だけ見てから催促さいそくする様に言った。

くさえんだ。それより、用件は?」

 古沢に代わり、石橋が身を乗り出して話し始めた。

「昨夜、坂上署管内のマンションの一室で、男性の遺体が発見された。身許は、その部屋の住人で仁藤巧にとうたくみさん、四十二歳。職業はフリーのカメラマンらしい。死因は、背中から刃物で心臓をひと突きにされた事によるショック死、つまり殺されたって事になる」

 叶は二人に気取けどられない様にそっと横目でデスクを見てから、面倒臭そうな表情を作って訊いた。

「その殺しが、オレと何か関係あるのか? 言っとくがその仁藤とか言うカメラマンの事は全く知らんぞ」

 すると古沢が、上着のポケットに手を入れながら口を開いた。

「仁藤さんの死亡推定時刻しぼうすいていじこくは昨夜の二十二時から二十三時の間、丁度ちょうどその頃、となりの部屋の住人が仁藤さんの部屋がさわがしいと管理人にクレームを入れています。しばらくして様子を見に行った管理人が、書斎で亡くなっている仁藤さんを発見して百十番通報、事件が発覚しました」

「だから、それがオレと何の関係が――」

 反駁しかけた叶を制して、ポケットから手を抜きつつ話を続けた。

「我々は周辺の聞き込みと共に、防犯カメラ等の映像をチェックしました。すると、現場から数十メートル離れたコンビニエンスストアの防犯カメラに、こんな映像が映っていました」

 古沢が一枚の写真をテーブルに置いた。そこには、路上に停めた車の前で何やら話している様子の男女の姿が見えた。表情が曇りそうになるのを、叶は辛うじてこらえた。古沢がさらに写真を出して続ける。

「ここに映っている二人の顔を、拡大して鮮明化せんめいかした物がこちらです。まず男の方、あなたですよね?」

 示された写真に写る横顔は、叶にわけ余地よちを与えなかった。溜息混じりに数度頷いてから、叶は吐き捨てる様に言った。

「あぁ、確かにオレだ」

 古沢は軽く頷き、二枚目の写真を出した。

「では、あなたと話しているらしいこの若い女性、こちらは仁藤さんの娘の玲奈さんです。玲奈さんはこの後、車に乗り込んであなたと共にこの場を去っていますが、どちらに行かれましたか? また、玲奈さんが現在どこに居るかご存知でしたら、お教え願えますか?」

 古沢の硬質こうしつな口調に苛立いらだちを感じながら、叶が古沢を見据みすえて答えた。

「この後、ここでメシを食わしてやったんだが、礼のひと言も言わずにオレが寝てる間にどっか行っちまったよ。今どこに居るか? こっちが訊きたいね」

 言い終えた叶が、石橋をチラッと見た。叶を見返す石橋の目は、明らかにうたがっていた。

「叶君」

 石橋は叶に呼びかけ、玲奈の写真をまじまじと見つめながら続けた。

「この子、凄く似てるよな、麻美さんに」

 一瞬戸惑ったが、叶は平静をよそおって返した。

「あぁ、最初は驚いたよ、麻美が帰って来たって、正直思った。口調も性格も正反対だったがな」

「そう、だからって、君がそう簡単にこの子を見捨てるとは、自分はどうしても思えないんだがね」

 石橋の言葉に、叶は気色ばんだ。

「判った様な口をきくな! いくら麻美にそっくりだからって、縁もゆかりも無い子供をかくまうほど、オレはお人好しじゃない」

 暫く視線を戦わせてから、ゆっくり石橋が目を逸らした。

「そうか……まなかった。古沢君、行こうか」

 石橋は古沢に告げて立ち上がり、叶に会釈して玄関へ向かった。古沢は困惑しながらも、叶に形式通りの礼を述べて石橋の後に続いた。


《続く》

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