匿う男 #5

「あ、すまん」

 反射的はんしゃてきあやまって手を引っ込める叶を睨みつけると、玲奈は身体の向きを右に九十度回してスマートフォンに目を落とした。ひとつ咳払せきばらいを入れてから、叶が再び質問する。

「どっか、新聞社か出版社にでも所属してるのか?」

「前はしてた。けど三年くらい前にめて、フリーでやってた。それからだよ、ママとパパの仲が悪くなったの」

 スマートフォンを見つめたまま答えて、玲奈はコーヒーカップを口に運んだ。叶もコーヒーを啜り、周囲を軽く見回してから小声で問いかけた。

「殺されなきゃならない様な心当たりはあるのか?」

 玲奈はスマートフォンをポケットにしまい、ふて腐れた様に返した。

「ある訳無いじゃん、パパは昔っから、ウチやママが仕事の事訊いたって何にも教えてくんなかったもん」

「ほぉ、じゃオマエの親父さんは、家庭をかえりみない仕事大好き人間だったって事か?」

「そんな事無い!」

 再び声を荒らげた玲奈に、店内にある全ての目が向いた。叶が慌てて周囲に会釈してから、玲奈に顔を近づけて小声でなだめた。

「落ち着けよ、何だよ急に」

「だって、違うもん、確かに、仕事してる時は何日も帰って来なかったり、機嫌きげん悪くて話しかけ辛かったりしたけど、でもパパは、本当は……」

 俯いて抗弁こうべんした玲奈が、一旦しまったスマートフォンを再び取り出して操作し、叶に画面を突きつけた。映し出された画像を見た叶の口から、声が漏れた。

「おぉ……」

 そこには、幼い玲奈と彼女の母親らしき女性が、芝生の上にいたレジャーシートに座って肩を寄せ合い、笑顔でこちらを見てVサインをしている姿が写っていた。どうやらプリントした写真をスマートフォンのカメラで撮影したらしく、光の反射が入っていて若干見辛いが、被写体ひしゃたいの二人からはとても幸福しあわせそうな雰囲気ふんいきが伝わって来る。

「パパは、お休みの日には必ず、ママとウチを外に連れ出して、沢山写真を撮ってくれた……ウチは、パパの撮った写真が大好きだった……でも、パパは変わった、何かに取りかれたみたいに、毎日毎日目の色変えて出かけて行って、ウチ、あんなパパ見たくなかった……昔のパパに、戻って欲しかった……なのに」

 言葉を切った玲奈が、鼻を啜り始めた。見かねた叶が紙ナプキンを一枚差し出すと、玲奈は受け取るなり大きな音を立てて鼻をかんだ。


 朝食を終えて事務所に戻った叶に、後ろから玲奈が訊いた。

「ねぇ、ここテレビは?」

「無いよ」

「え、マジで? つまんな」

 叶の返答へんとうに顔を歪めた玲奈は、応接セットのソファではなく、デスクの後ろのアームチェアに腰を下ろしてスマートフォンをいじり始めた。

「オイ、そこ座るなよ」

 叶が注意するが、玲奈は聞く耳を持たずに唇を尖らせながらゲームをプレイしている。舌打ちしつつ叶がソファに座った直後、玄関扉をノックする音が聞こえた。

「誰だよ朝っぱらから」

 悪態を吐きつつ玄関に近づいた叶が、扉の向こうへ告げた。

「まだ営業してませーん」

 すると、外から叶が聞きたくない声が聞こえた。

「叶君? 石橋です」

 叶の顔が一瞬で青ざめた。足音を立てない様にしてデスクに近づき、怪訝けげんな顔で見返す玲奈に向かって小声ながらも強い口調で言った。

刑事デカだ。隠れろ」

「!?」

 かろうじて声は出さなかったものの、状況が飲み込めずに狼狽うろたえる玲奈の頭を掴んでデスクの下へ押し込み、「静かにしてろよ」と念を押してアームチェアの向きを直してから、叶は改めて玄関前に立ち、扉の向こうに問いかけた。

「珍しいな、アンタがここに来るとは。何か用か?」

「いや、ちょっと聞きたい事があってね。入ってもいいかな?」

 曖昧あいまいな返答に、叶は少し考えてから扉を開けた。


《続く》

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