匿う男 #4

「あぁ」

 頷きつつ、叶が玲奈の対面へ腰を下ろす。テーブルの脇に立ててあるメニューを眺めていた玲奈が、桃子を見ずに告げた。

「あ、ウチはトーストね」

「今はモーニングサービスで飲み物が付くんだけど、おじょうちゃんはジュースがいいのかなぁ?」

 あからさまな作り笑顔と猫撫ねこなで声で訊く桃子に対して、玲奈はクールに答えた。

「いや、コーヒー」

「あっそ」

 表情を抜いて返事をした桃子が立ち去ろうとした所へ、玲奈が声をかけた。

「ねぇ水ちょうだい」

「はいはい只今ただいま!」

 桃子の余りの剣幕けんまくに叶が思わず肩をすくめるが、当の玲奈はどこ吹く風だ。叶が溜息を吐いている所へ、桃子が水の入ったグラスをふたつトレーに乗せて運んで来た。

「はい、どぉ~ぞ」

 桃子は小指を立ててグラスを掴んで、叶の前には音を立てずに置き、玲奈の前にはわざと大きな音を立てて置いた。少しだけ跳ねた水を見て、玲奈が舌打ちしつつ睨みつけるが、桃子は無視して叶にたずねた。

「で、今回はどんな仕事なの?」

「コイツのボディガード」

 叶が明後日あさっての方向を向きながら玲奈を指差して答えた途端、桃子が目を見開いた。

「え? じゃあこの子、依頼人いらいにんなの?」

 頷く叶に、桃子があわれむ様な顔で言った。

「あら可哀想かわいそうねーともちん、こぉんなガキ相手じゃまぁたタダばたらきじゃなぁ~い」

「何だとオバサン!」

 怒りをあらわに玲奈が声をあららげるが、桃子は大仰おおぎょうに何度もかぶりを振ってその場を離れた。

「本ッ当失礼だな、あのオバサン」

 座り直して悪態を吐く玲奈に、叶が顔をしかめて言った。

「そりゃオマエもだろ。それより、昨夜ゆうべの事をもっとくわしく聞かせろ」

「……ウチ、昨日まで三日くらい、友達ん家に泊まってて、そろそろ着替えよっかなって思って、一旦帰ったんだ」

 目をらしながら喋り始める玲奈に、叶が更に訊く。

「何だオマエ、親に反抗してんのか? 親父さんはともかく、お袋さん心配してるんじゃないのか?」

「ママはもう居ない」

「えっ?」

「ママは、パパが仕事ばっかしてんのが気に入らなかったみたいで、他に男作って出てった。正式に離婚したみたい」

「そうか……悪かったな」

 思わぬ家庭の事情を知った叶が謝るが、玲奈は俯いてかぶりを振った。

「ううん、全然。大体パパがママの事構ってあげなくなったのが悪いんだし」

「ふぅん、でもオマエは何で親父さんの所に残ったんだよ?」

「それは、その……」

 玲奈が言いよどんだ所へ、『カメリア』のマスターで桃子の夫の椿大悟つばきだいごがカレーライスとトーストを持って来た。

「はい、お待たせしました」

「サンキュー。あれ、桃ちゃんは?」

 叶がカレーを受け取りながら訊くと、大悟が髭面ひげづらゆがめて苦笑くしょうした。

「すみません、何かヘソ曲げちゃって」

「あ~、なるほど」

 玲奈を横目で見て、叶は納得した様に頷く。対面の玲奈は、大悟からトーストを受け取ると少しだけ頬をほころばせた。

「いただきます」

 大悟は二人に軽く会釈えしゃくして、奥のキッチンへ戻った。叶は大悟の後ろ姿を見送り、美味しそうにトーストをかじる玲奈を見てから自らもカレーに手をつけ始めた。

 それから、二人とも目の前の食事を全て胃に収めるまでひと言も発さず、黙々と食べ続けた。

 先にトーストを完食した玲奈が、傍らのナプキンホルダーから紙ナプキンを一枚取って口を拭った。

「ごちそう様」

 やや遅れて叶もカレーを平らげ、同様に紙ナプキンを口に当てた。そこへ、大悟がコーヒーを二きゃくトレーに乗せて運んで来た。テーブルに静かにコーヒーを置き、「ごゆっくり」と告げて立ち去った。

 玲奈は脇のシュガーポットの蓋を開けて、コーヒーにグラニュー糖を落とし入れた。片やブラック派の叶は、すぐにカップを取り上げてひと口啜った。

「……美味いな」

 独りごちてカップを置き、叶は改めて玲奈に話しかけた。

「そう言えば、オマエの親父さんって仕事は何なんだ?」

「カメラマン。自分じゃ、フォトジャーナリストなんて格好つけてたけど」

 表情を曇らせつつ答えた玲奈が、ライダースジャケットのポケットからスマートフォンを取り出した。その端にぶら下がる、スマートフォンと同じくらいの全長の白熊のぬいぐるみに、叶が興味を示した。

「お、オマエ何かカワイイのぶら下げてるじゃんか」

 おもむろに伸びる叶の手から、玲奈がスマートフォンを離して声を荒らげた。

さわんなよ!」


《続く》

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る