匿う男 #2

「へぇ~、確かにそっくりだなぁ」

『叶探偵事務所』の玄関扉げんかんとびらの内側に貼られた麻美の顔写真入りチラシを凝視して感心した様に頷く少女を、叶は応接用ソファに腰掛けてコンビニのレジ袋をテーブルに置きつつ観察した。

 肩やえりにスタッズの付いたライダースジャケットの下にピンク色のTシャツ、デニムのミニスカートに厚底スニーカーという出で立ちは、叶の記憶の中の麻美にはおよそ似つかわしくない服装だった。瓜二つの顔を持ちながら、こうも好みが違うものかと叶はまゆをひそめた。すると、少女が首だけを叶にじ向けて言った。

「何にらんでんだよ」

「別に睨んでねぇよ、それより早く食えよ」

 叶が言い返しながらレジ袋を指差した。少女は玄関から離れて叶の対面に座り、袋の中から唐揚からあげ弁当を取り出して開けた。

「いただきまーす」

 美味おいしそうに食べ始める少女を見てから、叶もカルボナーラを取り出し、ジャケットを脱いでかたわらに置いてふたを開けた。

 五、六分ほど経って、叶が一旦いったん食事の手を止め、袋の中からブラックコーヒーの缶を取り出しながら少女に尋ねた。

「そう言や、変な奴等に追われてるって言ってたよな、何か心当たりあるのか?」

 すると、少女が急にはしを止め、表情をくもらせてうつむいた。訝しんだ叶が、更に訊く。

「どうした? まさか今更嘘いまさらうそでしたなんて言わないだろうな?」

「違う!」

 少女は強い口調で否定してから、何かを恐れる様な表情で目を泳がせ、唇を震わせて言った。

「パ、パパが……殺された」

「何?」

 予想外の告白に、叶は缶コーヒーのプルタブにかけた指を止めて瞠目どうもくした。少女は俯いたまま、せきを切った様にしゃべり出した。

「ウチが、家に帰った時……いつもはドアのかぎが閉まってるのに、今日は開いてて、おかしいなって思って家に入ったら……な、中から変な音がして、パパの部屋の方から聞こえるから、行ってみたら……パ、パパが、変な男にからまれてて、で、中にもうひとり男が居て、何か探してたみたいで……そしたら、パパに絡んでた奴とウチ、目が合って、そいつが、ナ、ナイフ持ってて、見られたとか何とか言って、こっちに来ようとしたら、パパがそいつにしがみついて、ウチに『逃げろ』って言って、そしたらそいつが……パパを……ナイフで」

 少女は言葉を切り、肩を震わせて鼻をすすった。半信半疑はんしんはんぎながらも、叶はプルタブを起こしてコーヒーをひと口飲んだ。

「そうか……で、どうすんだ?」

 叶にわれた少女が、手の甲でほほぬぐってから顔を上げて答えた。

「オッサ、いや、探偵さん、ウチのボディガードになってくれない? それと、パパを殺したアイツ等を、捕まえて!」

「何ィ? ボディガードって、そりゃ専門外だぜ、それに、殺人なら警察の出番だろ」

「嫌だよ、ウチ、警察嫌いだもん。人の事を外見だけで判断するし、いざって時は全然頼りになんないしさ」

 口をとがらせて悪態あくたいく少女に、麻美が行方不明になった時に警察にみついた、かつての叶自身がダブった。思わず笑みをこぼす。

「何がおかしいんだよ?」

 見咎みとがめた少女の言葉にかぶりを振って、叶はき返した。

「所で、オマエ名前は? これから先、何て呼んだらいいか判らんと面倒だからな」

「えっ、そ、それじゃあ?」

「ああ、オマエの依頼、引き受けてやるよ」

「やった! ありがとう。ウチは、仁藤玲奈にとうれいな

「玲奈か、オレは叶友也。よろしくな」

 自己紹介をませると、叶はソファから立ち上がってデスクへ歩み寄り、ファックス付き電話機のわきに置いた名刺入れから名刺を一枚取って玲奈に渡した。玲奈は受け取った名刺を一瞥いちべつしてジャケットのポケットにしまい、弁当の残りを一気に胃に収めた。叶も座り直して食事に戻る。

「ふぅー、ごちそう様ぁ」

 満足げな表情の玲奈が、袋から炭酸飲料たんさんいんりょうのペットボトルを取り出し、キャップを外してひと口飲んでから、ふとデスクの後方に立つパーテーションを見た。

「ねぇ、そっち何なの?」

「え? あぁ、そっちはオレの寝床ねどこだ」

「へぇ~」

 玲奈は立ち上がって、パーテーションの裏を覗きに行った。叶が慌てて声をかける。

「オイ! そっちは行くな!」

「いーじゃん別にぃ、うわ、きったな」

 制止を聞かずに裏側へ侵入する玲奈を止めよようと、叶がソファから腰を上げた。

「あ、コラ! 土足で入るな!」

 パーテーションの裏へ消えた玲奈を追いかける叶の目の前に、玲奈が脱いだスニーカーが飛んで来た。すんでの所で頭を振ってかわした叶が顔を突き出すと、今度はライダースジャケットが迎撃げいげきした。今度はかわし切れずに両手でブロックする。

「見ないでよ!」

「はぁ?」

 玲奈の声に反応して叶がジャケットを下ろしながら見ると、玲奈が服を脱ぎ始めていた。

「うわっ! オマエ何やってんだ!?」

 叶が顔を引っ込めつつ抗議こうぎするが、玲奈の返事は無い。叶はすぐにでも裏へ踏み込みたかったが、玲奈が今どんな状態なのか判断がつかず、待つより他に手が無かった。

 数分後、パーテーションの向こう側からの物音が止まった。叶が恐る恐る顔を覗かせると、下着姿の玲奈がベッドの上で毛布を抱き締めて寝息を立てていた。

「……仕方ねぇな」

 溜息ためいき混じりにつぶやくと、叶は室内の照明を消して、ソファに寝そべった。


《続く》

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