蘇る本能 #31

「叶君、改めて、協力に感謝する。本当にありがとう」

「だからやめてくれって――」

 抗弁こうべんしようとする叶を遮る様に扉がノックされ、直後に女性の声で、

「失礼します」

 と告げられた。開いた扉の向こうから、女性警察官に伴われて坂巻が入って来た。黒いジャージの上下を身に着けていて、顔はまだ少し腫れが残っている。兄の姿を目にした史穂が、立ち上がって駆け寄った。

「お兄ちゃん!」

 妹に気づいた坂巻が覚束おぼつかない足取りで数歩進むと、史穂が勢いよく胸に飛び込んだ。圧力に抗し切れずによろめきつつも、坂巻は最愛の妹の身体を受け止めた。史穂は兄の胸に顔を埋めて、

「会いたかった、会いたかった」

 と嗚咽おえつ混じりに連呼する。

「ごめんな、史穂」

坂巻が史穂の頭を撫でながら謝ると、史穂は激しくかぶりを振った。

「お、お兄ちゃんが無事で……本当に、本当に良かったぁ……」

 兄妹の感動の再会をうらやましそうに見つめながら、叶が石橋に尋ねた。

「なぁ、坂巻さんは正当防衛せいとうぼうえいって訳には行かないのか?」

 石橋は険しい顔になって、少しうなってから答えた。

「状況は特殊だが、相手が死んでしまってるから、過失致死はまぬかれんだろう……だが、何とか情状酌量じょうじょうしゃくりょう余地よちを認めてもらえる様な調書を作るつもりだ」

「そうか……よろしく頼むよ」

 叶が告げると、松木が横槍よこやりを入れた。

「本来ならお前は傷害の現行犯だぞ、坂巻がお前の事は問題にしないって言ってくれたから、参考人で済んでるんだ。さ、事情聴取するか」

 叶の肩に手を置いた松木を、石橋が制した。

「彼は協力者だ。聴取は後日でいいだろう」

「そんな、石橋さん!?」

 納得行かない松木に手を振ると、叶は坂巻兄妹に歩み寄り、泣きじゃくる史穂に言った。

「史穂ちゃん、お兄ちゃんに会えて、良かったな」

 史穂は涙にまみれた顔を叶に向けて、笑顔で応えた。

「はい。ありがとうございます」

 叶は史穂に笑いかけると、坂巻に視線を移して言った。

「今回は、色々すまなかった」

「いや、こちらこそ、迷惑かけてすまなかった」

 頭を下げた坂巻に、叶は更に言った。

「この後どんな結果になっても、アンタは絶対に史穂ちゃんの所に戻って来るんだ。史穂ちゃんを守れるのは、アンタだけだからな」

 坂巻は、一度史穂を見てから応えた。

「あぁ。探偵さん、本当に世話になった。ありがとう」

「気にすんな、オレは仕事をしただけさ」

 そう言って部屋を出ようとする叶に、史穂が問いかけた。

「あの、依頼料は?」

 叶は一旦足を止め、肩越しに振り返って答えた。

「いいよ。高校生から金取るほどケチじゃない」

 松木の「格好つけんなよ」と言う茶々を黙殺して、叶が扉のノブに手をかけた。その背中に、史穂が声をかけた。

「本当に、ありがとうございました、ともちんさん!」

 叶の身体が、膝から崩れ落ちた。


〈『蘇る本能』了〉

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