蘇る本能 #28

「アンタを助ける気ならあるぜ」

「何?」

 戸惑う坂巻に、叶は尚も言う。

「オレは史穂ちゃんに頼まれてアンタを探してた探偵だ。今こうしてるのも、半分はオレが仕組んだ事だ」

「探偵? 史穂? どういう事だ?」

 動揺を深めた坂巻が、マットに手を着いて上半身を起こした。叶は話し続ける。

「薩摩がオレに、これに出てくれって頼んで来たから、オレはチャンスだと思ってアンタを対戦相手に指名した。最初は、試合が終わった後にアンタを連れ出せばいいと思ってたんだが、まずい事になった。実は、史穂ちゃんが――」

「判ってる。薩摩達に監禁されてるんだろう」

 叶の言葉を遮って、坂巻が告げた。叶が瞠目して訊く。

「知ってたのか?」

「さっき聞かされたよ。負けたら史穂の命は保証しないって」

「何てこった……そっちにも脅しかけてたのか」

 舌打ちする叶に、坂巻が尋ねた。

「しかし、どうしたら良いんだ? どちらが勝っても、史穂は無事じゃ済まないって事だろう?」

 叶は問いには答えず、逆に質問した。

「それより、アンタが史穂ちゃんに電話した時、一体何があったんだ?」

 坂巻は目を泳がせて逡巡しゅんじゅんしていたが、絞り出す様に言った。

「おれは……あの日、ここで……ひ、人を、殺したんだ」

「なっ……まさか、それって」

 叶の言葉を最後まで聞かずに、坂巻が吐き出した。

「元、柔術世界王者の、ペドロ・アンドラーデを……殴り殺した」

 この瞬間、叶の中で全てが繋がった。

「そうか、アンタ、怖くなって逃げ出したのか……で、史穂ちゃんに電話をかけてた所で捕まった」

 坂巻は無言で頷くと、頭を垂れて視線を宙に彷徨わせながら喋り続けた。

「薩摩は、ここから逃げ出したって人を殺した事実は消えない、妹に迷惑をかけたくないのなら、ここで闘って勝ち続けろ、そうすればいずれ借金も清算せいさんできるって……おれはともかく、史穂には無事でいて欲しい、おれさえここに居れば、史穂は安全だと思って」

 言葉尻を捕まえて、叶が強い口調で訊いた。

「アンタ何で史穂ちゃんに電話した?」

「えっ?」

 面食らった坂巻が、顔を上げた。叶は坂巻を見下ろして、更に問いかけた。

「アンタ本当は、そこで史穂ちゃんに全部喋って、それで自分だけスッキリして逃げるつもりだったんじゃないのか?」

「そ、それは……」

 言い淀む坂巻に、叶は尚も畳みかける。

「だがな、その身勝手な行動がかえって史穂ちゃんを不安にさせて、オレの所に来る事になっちまった。その挙げ句が、薩摩達に拉致らちされる始末だ、いいか、史穂ちゃんを巻き込んだのは、確かにオレにも責任がある。だが元々はアンタのせいだ!」

「うるさい!」

 坂巻が急に声を荒らげて立ち上がった。余りの剣幕に、それまで野次を飛ばしていた観客も息を飲む。

「お前に何が判る? いいか、おれの親父は十二年前にがんで死んで、母も去年亡くなった。だからおれにはもう、史穂しかいないんだ! おれは親父が死んでからずっと、史穂のために闘って来たんだ、総合でプロになったのも、全部あの子のためだ! だからおれは、史穂に余計な心配をかけさせたくなかったんだ!」

 まくし立てた坂巻に対し、叶は憤怒ふんぬ形相ぎょうそうで言い返した。

「馬鹿野郎! たったふたりの家族なら、どんなに辛く苦しい事でも助け合うべきだろうが! アンタは、史穂ちゃんの気持ちを考えた事があるのか? 中途半端な電話だけで、後はロクに連絡も取れなくなったアンタの事を、史穂ちゃんがどれだけ心配したと思ってるんだ!? 何が史穂ちゃんのためだ、アンタはたったひとりの家族を捨てようとしたんだぞ!!」

 叶の反論に、坂巻は言い返せずに唇を噛んだ。叶が追い討ちをかける様に続ける。


《続く》

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